「アメリカ例外主義」(メモ)

過渡期の世界―近代社会成立の諸相

過渡期の世界―近代社会成立の諸相

http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080125/1201204697への補足説明という感じで。

高哲男「ビッグ・ビジネス社会の形成とアメリカ経済思想の展開−−一九世紀末から一九二〇年代までの概観−−」in 鈴木信雄、川名登池田宏樹編『過渡期の世界』、pp.345-365



アメリカ合州国は歴史的な連続性をもつ民族国家ではない。同一民族という血の「連帯感」ではなく、ヨーロッパ諸国と明確に異なる「自由と平等の共和国」を地上に実現するという理想をかかげて、建国されたものである。国(連邦)としての統合は、共同利益の促進と連邦の外からの防衛と、内部(地域社会つまり州)における共同利益の形成によって促進されるほかになかった。経済の領域では、前者はニュー・ディール期まで続く保護関税制度の採用となってあらわれ、後者は地域内における経済利益の自由な追求の擁護となってあらわれた。アメリカ合州国は階級のない国であり、ヨーロッパの「古い国」からの悪影響から隔離されておきさえすれば調和的発展を保ちうるという「アメリカ例外主義(Exceptionarism)」のイデオロギーが、自由社会とは一見相反するようにみえる保護関税制度を正当化したわけである。
個人の利益と地域社会の利益はつねに一致しているはずだという信念が、アメリカの持続的で急速な経済発展の精神的基盤であった。したがって逆に、「地域社会」をかたちづくる産業構造の変化がアメリカ社会の全体を大きく揺るがす基本的要因になりえた。一定の産業構造は必ずそれに付随する既得権の体系をともなっており、どこまで現実的かどうかは別として、既得権が侵されているという感情は、基本的に同質的であるアメリカ人の全体を憤激と狂騒の渦中に引きずり込むことになるからである。(pp.345-346)
19世紀末から20世紀初頭−−「アメリカ史の上で生じたもっとも大きな産業構造の変化」、「農業社会から産業社会」への「大転換」(p.346)。
独占資本主義へ;

(前略)粗鋼生産でみると、一八七〇年の七七千トンから一八九五年の六七八五千トンへと飛躍的に増加するが、金属・金属製品の価格はこの間に約五九パーセント下落した。市場価格を維持しようという努力が工業製品の輸入関税率の急激な引き上げをもたらし、「保護」関税は国内市場「独占」関税へと転換してゆく。一八九三年恐慌を契機に鉄道会社の再編成(会社更生)と製造業におけるトラスト形成が加速化し、一八九七年恐慌後にアメリカ史上例をみない大規模で急激な企業合同=独占的巨大株式会社形成が実行されることになった。一九〇五年までに、ビッグ・ビジネスの社会ができあがる。個人の時代から組織の時代への大転換であった。
こうして「独占体制」あるいは「独占展開」の時代、つまり管理価格の体制が出現した。だがこの時期はまだ政府=国家による有効需要政策がそれを支えるまでには至っておらず、政府の役割は、例えば商務長官H・フーバーがめざしたようにように(sic.)、産業界の「自主的な計画」に役立つ統計などを整備し、景気変動の振幅をできるだけ小さくするための「自主的」な生産計画を各産業にたてさせようというものにとどまっていた。
だが見逃してはならない重要なことは、第一次大戦がもたらした政治・経済思想上の変化である。戦時動員がうまく機能したのは巨大産業が支配的な非競争市場であり、競争市場では価格上昇が生じただけで量の確保はうまくゆかなかったという「戦時産業委員会」の判断は、大衆感情=政治における大きな変化を予兆するものだった。少なくとも政府にとっては、ビッグ・ビジネスと労働組合は否定しがたい存在になり、第一次大戦を契機にして、ついに両者はアメリカ社会で受け入れられることになったといいうるからである。(pp.347-348)
労働運動の生成;

ヨーロッパの伝統的な階級社会関係を否定する「アメリカ例外主義」の信念が支配していたアメリカでは、イギリスのような「主従法」は存在していなかった。雇用契約では基本的に「契約の自由」が支配していた。工業化の進展が遅かったことも一因ではあるが、労働組合(結成)の運動が高まったのは、一八七〇年代半ば以降、とくに一八八〇年代になってのことである。とくに一八八六年のヘイ・マーケット事件は爆弾と発砲をともなう大きな社会的事件(爆弾騒ぎが使用者側の陰謀であったことが分かるのは、労働者が刑死した後のことである)であって、多くのアメリカ人にはまるで暴動が起きたようにみえ、アメリカは階級対立とは無縁の国であるという「アメリカ例外主義」は根底から揺すぶられることになった。
しかしアメリカの労働運動は、その初期から、事業者、雇い主(鉄道業や炭鉱等)に対する団体交渉権や集団取引権を確立した点に特徴がある。雇用契約における新しい慣行と法の形成、つまり労働市場を組織化しようという試みであって、階級闘争の一翼を担うものとしてなされたものではない。政府(警察と軍隊)や実業界から激しい力の弾圧を受けたが、第一次世界大戦時における動員計画への協力をつうじて、ようやく労働組合連邦政府に認可された。シャーマン反トラスト法の下では「既得権」の追認・保証以上にはなりえず、立法による労働組合の制度化=合法化はニュー・ディールのワグナー法を待たねばならなかった。もっともそれは、国民の福祉を保証するのは政府の責任であるという意味での「福祉国家」の一翼を担うものとしてであった。(pp.348-349)
かなり古い本ではあるが、概説書として、岡田泰男、永田啓恭編『概説アメリカ経済史』(有斐閣、1983)をマークしておく。また、古矢旬『アメリカ 過去と現在の間』と藤原帰一『デモクラシーの帝国』も。
概説アメリカ経済史―植民地時代から現代まで (有斐閣選書 (444))

概説アメリカ経済史―植民地時代から現代まで (有斐閣選書 (444))

アメリカ 過去と現在の間 (岩波新書)

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デモクラシーの帝国―アメリカ・戦争・現代世界 (岩波新書)

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