高木博志「戦争と古都」『鴨東通信』75、2009、p.1
私にとっても、奈良のイメージというと、入江泰吉の写真というのは大きい。戦前に奈良のイメージの構成に力があった本と言えば、和辻哲郎の『古寺巡礼』ということになるのだろう。また、亀井勝一郎*2の『大和古寺風物誌』は上に引用したパッセージで触れられている戦後における奈良の構成に属す。
奈良や京都の今日につながる、かつて天皇が住んでいた旧都として郷愁をともなうイメージは、戦後につくられた部分が大きいと思う。その起点の一つは、東京や大阪などの大都市への空襲による古い町並みや人々の生活の破壊にあり、そこから古都への郷愁が生み出されたのだろう。入江泰吉も大阪を空襲で焼け出されて、敗戦直後に、三月堂へ疎開先から搬入される仏像を目撃しアメリカが接収するのではと思った。すぐに水門町自宅そばの戒壇院・四天王を最初に、奈良の風物を撮りだした。東大寺観音院の上司海雲のもとには志賀直哉・杉本健吉らがつどい、「天平の会」がはじまった。「神武創業」は戦後改革で否定されるが、天平文化などの古代は日本文化の始まりとして、戦後の政治でも利用された。文化財を保護するためにウォーナーが奈良や京都を空襲から守ったという神話が成立し、正倉院御物は一九四六年秋から一般公開された。「文化国家」が出発し、「文化財」という語も戦後アメリカのデモクラシーとともに語られた。
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