母親は?

承前*1

『毎日』の記事;


インド代理出産:女児、無国籍状態に 父、早期帰国を要請

 今年7月にインド人女性の代理出産で生まれた女児が日本に帰国できなくなっている問題で、代理出産を依頼した愛媛県内の40代の男性医師が毎日新聞の取材に応じ、出生届の母親欄が「Unknown(不明)」と記載され、女児が日本とインドのどちらにも属さない無国籍児となっていることを明らかにした。男性は「このままでは『孤児』のような状態になってしまう。一刻も早く帰国させたい」と話した。

 男性は昨秋、関東の医師仲間の紹介で、インドにいるインド人実業家を通じて現地の病院に「第三者卵子提供で代理出産をする」ことを依頼。男性は取材に、代理出産を頼んだ理由について「男として子どもが欲しかった」と説明した。その前にはインターネットなどで代理出産について調べ、米国の病院に「独身でも代理出産を頼めないか」と問い合わせたこともあったが、断られたという。

 代理出産の費用は一部を既に支払っており、医療費や渡航費を含めた総額は400万〜500万円かかりそうと述べた。代理母の20代後半のインド人女性には約20万ルピー(約56万円)が支払われたと聞いたという。

 インドにいる弁護士からの連絡によると、出生届の父親欄がこの男性になっているため、男性は女児を引き取るための養子縁組ができなかった。また、母親が不明となっているため、インド国籍も取得できない状態になっているという。このため、男性は現地の弁護士に相談するとともに、女児の帰国について日本の法務省に対応を要請している。女児は健康状態がよくなく現在は男性の実母がインドに渡って病院で女児の世話をしている。

 男性は交際していた女性がおり、代理出産についても伝えた上で結婚。しかし、女性はインド人女性が産む子どもを受け入れることについて悩み、2人は女児が生まれる前の今年7月に離婚した。【後藤直義】
http://mainichi.jp/life/edu/child/archive/news/2008/08/20080809ddf041040009000c.html


インド代理出産:元妻が反論「代理出産には不同意」

 日本人の男性医師がインドで代理出産を依頼し生まれた女児が日本に帰国できなくなっている問題で、男性医師の元妻が毎日新聞の取材に応じ「代理出産に同意していなかった」などと話した。

 元妻によると、インドで代理出産の書類に署名させられたが、読む時間を与えられないまま署名を迫られ、後で同意書と知らされた。その後、子供が男性医師と自分との子であるよう装う出生証明書の偽装のため再渡航を求められたが断ったという。元妻は離婚の際「代理出産は私の意思とは無関係」と医師に書面で誓約させたと話している。【石原聖】

毎日新聞 2008年8月10日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/science/news/20080810ddm041040138000c.html

最初に読んだTimes of Indiaの記事には、”The fertilization process of Yuki's eggs with Ikufumi's sperm was completed in Tokyo and the embryo was brought to Ahmedabad.”と書かれている。これによると、子どもの生物学的(遺伝学的?)母親は離婚したとされる女性である*2。さらに、” When her mother, Yuki Yamada, could not conceive, she chose a surrogate mother in Ahmedabad to carry her child.”とあり、代理出産を選択したのは(遺伝学的?)母親である。
しかし、上の『毎日』の記事を読むと、そうではないようだ。「男性は昨秋、関東の医師仲間の紹介で、インドにいるインド人実業家を通じて現地の病院に「第三者卵子提供で代理出産をする」ことを依頼」。また、「元妻」は「子供が男性医師と自分との子であるよう装う出生証明書の偽装のため再渡航を求められたが断った」。さらに、結婚の動機もかなり怪しくなってくる。「インターネットなどで代理出産について調べ、米国の病院に「独身でも代理出産を頼めないか」と問い合わせたこともあったが、断られた」。「独身」では「代理出産」を依頼できないので、結婚した?
代理出産に関しては以前、

特に「代理母出産」ということだと、ブルジョワジープロレタリアートということである。プロレアタリアートは実際に生産に携わるものの、生産手段は所有せず、生産物或いは生産によって生じた付加価値は生産手段を所有するブルジョワジーの所有に帰する。このことは誰でも認めることだろう。しかしながら、実際の経済においては、この図式はそれ程クリアに観察することはできない。一方で所有が法人や組織によって抽象化・匿名化し、他方で株式制度によって所有は拡散しているからだ。
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061020/1161346231
と書いたことがある。今回の印度の事件について、このような問題意識を持っているのは「玄倉川」さん*3であるといえよう。但し、「「代理出産」の本質は欲望に取り付かれた男女が妊娠・出産リスクを弱者に押し付ける寄生出産だ」とあるが、上の『毎日』の記述を信じる限り、「元妻」も〈手段(口実)〉として利用された可能性は高い。なお、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061020/1161346231からは、

長野県で行われた遺伝学的母親の母親(子どもにとっては祖母)による「代理母出産」を初めとして、実際には遺伝学的母親の姉妹など、身内が多い。それは最もプライヴェートな領域に関わるということもあるけれど、このブルジョワジープロレタリアートという非情な図式を何とかして家族内分業という仕方で収めようということもあるのではないか。これが身内から外に出る場合、実際の経済におけるブルジョワジープロレタリアート関係と同様な問題を抱え込むことは想像に難くない。

ところで、「代理母出産」による家族関係の混乱について思うのだが、近代社会においては家族関係、特に親子関係の排他化が進められたといっていいだろう。カトリック文化圏では今でも代父(godfather)との関係が重視されているし、日本でも烏帽子親とか漿つけ親という慣行があった。また、家を継がせるためではなく、政治的贈与としての(人質としての意味も持った)養子も少なくなかった。家族機能のアウトソーシングが進む中で、親子関係は純化してきたともいえるのである。それを象徴しているのが乳母という慣行の衰退であろう。社会の上層部の子どもは他人の乳で育つのが当たり前であったが、今度は母親自身の乳が強調される。乳母が衰退すれば、同時に乳兄弟も衰退する。だとすれば、「代理母出産」というのは、モダニティを特徴付けるブルジョワジープロレタリアートの家族の領域への侵入であると同時に、勝義においてポストモダンといえるのかも知れない。

という箇所も再録しておく。
さて、「人工授精のための精子卵子の提供って、もし精子バンクのように金銭が介在する場合、売春に中たるんじゃないかと思って、生命倫理に詳しい方にお尋ねしたけれど、否定的な答えを得たことがあった」*4。また、妻の承認を得ないでの、夫の精子の第三者卵子への授精は〈不倫〉を構成しないか。

See also http://d.hatena.ne.jp/LondonBridge/20080811/1218441503
「帰国」か「出国」か。父親の視点からは連れて帰る、印度政府の視点からは国を出る

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080806/1218036979

*2:日本の報道では当事者が匿名化されているようだが、印度の報道では最初から実名が出てしまっているので、これは全く無意味なことだろう。印度のジャーナリストが(生物学的)父親側に話を聞いて記事を書いているのは明らかであり、父親は実名が出ることを了承しているといえる。

*3:http://blog.goo.ne.jp/kurokuragawa/e/7485b25410b3236c5fcd2757bea989b0

*4:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061015/1160931891