小説か物語か

「エロゲの消費と、多層性を持った女の子 −属性と、蓄積と、エロス−」http://d.hatena.ne.jp/kagami/20070807


「エロゲ」というのは全然詳しくないのだけれど、ちょっと抜き書きしてみる;


エロゲやアニメなどで、男性視点で、男性を主人公にして描くと、どうしても、男性が眼差す

瞬間瞬間に消費される一瞬の消費物としての都合の良いヒロイン(蓄積なき存在)として、

ヒロイン像が描かれてしまうところがあります…。私はこれは、大変勿体無いと思うのです。

ヒロインを瞬間的に消費される様相で讃美して描くことが、逆にヒロインの魅力を損ねてしまう…。


パッと見て、理解できるヒロインの美徳(=属性)しか受け容れられないようなところが

オタク文化にはある。でも、人間の魅力って、枠組で捉えられるようなところから離れた、

理解し難いように見える一回一回限りの行為にもある。それは、なぜそのような行為を

為すに到ったかというその人間の生き様と重ねて見ることで始めて魅力的になってくる

のですが、その積み重ねが描かれない(多くは描こうとされない)のが、勿体無いな、と…。


本当は、「属性」と呼ばれるようなものも、その現れにおいては、そのヒロインの人生経験の

積み重ねがあって、そこから現れてくるのだと思いますが、オタク系作品において経験は排除され、

一瞬一瞬の分かり易さだけが重視されている側面がある。ヒロインの他者性を排除しようと

する要求も、そういったところから出てきているんだと思うんですね。でも、本当は、過去からの

人生の蓄積があるわけで、その辺を、「(主人公との過去の)約束」ではない形で描いて欲しいなと、

思いますね…。そしてこれはエロスの問題と結びついていると思うんですよね。相手の輪郭が、

ぼやけているのではなく、それまで生きてきた、自分とは別人の深みと理解し難さを持った存在

として描かれるときに、そういった相手との性的行為において、相手の存在が際立ってくる。


他者性を排除しようとする眼差し(ヒロインが自分の思い通りの理想でなくてはならないという

男性視点)だと、どうしても、こういった部分は抜け落ちますね…。自分の思い通りであるの

ではなく、自分には図れない個別性を持った相手だからこそ、そこに相手の相手だけが持つ

冒せない部分があって、そういった相手だからこそ、エロティシズムが現れてくると感じます。

ここでは、「小説」というものと「エロゲ」(或いは「アニメ」、さらには「オタク文化」一般が対立しているようである。また、「男性視点」ということも問題化されている。
ただ、私としては、それよりも「小説」と〈物語〉の対立ということを想起する。面倒臭いので括弧の類は以下では外すが、古今東西の(多分)あらゆる社会に物語は存在する。しかし、小説が存在するのは近代社会だけである。小説を昔からある物語と区別するのは何なのか。その答えは色々あろう。例えば、バフティン流に多声性だと言ってみるとか。或いは、小説は神々でも英雄でもない一般人の話であるとか。ここで注目したいのは、上の引用でも繰り返し言及されている「属性」を巡ってのことである。曲亭馬琴の読本について、坪内逍遙は仁義礼智忠信孝悌、つまり儒教倫理の徳が着物を着て歩いているというようなことを言った。つまり、坪内逍遙がいうところの小説は馬琴の読本のような物語の否定形において定義されるということになるだろう。小説において着物を着て歩くのは、「属性」ではなく、「属性」を纏いつつもそれには還元されない〈人間〉であるということだ。小説と呼ばれて流通している多くのテクストは、この基準からすれば、小説とはいえなくなるだろう。特に〈大衆小説〉と呼ばれているものについては。或いは、〈プロレタリア文学〉。こうしたものは、寧ろ小説から物語への先祖返りといってもいいのかも知れない。
また、ここでいった小説と物語という対立は狭義の言語表現だけに限定されるわけでもないだろう。小説的な映画もあれば物語的な映画もあるということだ。多分「エロゲ」も。
ところで、「属性」抜きには物語も小説も存立しない。また、「属性」なき存在*1というのは現実的には在り得ず、それもまたいうなれば抽象に過ぎない。いいたいことは、「属性」は人物がそれに還元不可能なことを示すためにこそ精密に書き込まれなければならないということだ。「属性」の綻び――精密に書き込まれれば書き込まれる程、綻ぶ可能性は増大する。そのような意味で、「属性」は重要であるとはいえる。

「属性」については、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061029/1162091586http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061109/1163080989http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070316/1174048999http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070414/1176566437http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070515/1179237549http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070713/1184353368http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070719/1184846804とかも参照いただければ幸いなり。

*1:いうまでもなく、etreではなくexistenceである。