承前*1
『朝日』に載った白川静先生追悼記事;
阿辻さんのコメントにある「伝統的な漢字の研究体系に、考古学的、民俗学的な最新の成果を結合した」というのは、白川先生が漢字というものを古代中国人の生活世界に遡行して問うたということなのであり、それこそが白川学の核心だったのではないかとも思う。ところで、白川先生の作品で是非再読してみたいと思うのは、『孔子伝』
白川静さん、「東洋の回復」願う生涯 漢字の源流を追う2006年11月03日
「漢字文化を復興させ、東洋を回復したい」。折にふれて、こう述べた白川静さん。地道に漢字の源流を求め、東洋の回復を願い続けた生涯だった。京都・桂離宮に近い自宅は、退職金で買ったという質素な2階建ての建売住宅。書斎はガレージ用地に鉄筋の基礎を補強して建てられている。
そこで時折けいれんする目を押さえながら、虫眼鏡を片手に辞書や研究書の校正をこつこつと進めた。
福井の洋服店に生まれたが、「ミシンを踏むのが嫌」で大阪へ出た。書生として住み込んだ法律事務所の書架に多くの漢籍があった。それを熟読し、暗唱した。以来、一筋の道だった。
研究者として歩き出した時期が、漢字学上の重要な発見の時期と重なった。亀の甲羅に書かれた甲骨文字、古代の銅器などに刻まれた金文の発見だった。紀元前千数百年ごろの不思議な形をした成立期の漢字を1文字ずつノートに書き写し、研究した。根気の要る、孤独な作業である。
中国でもなされていない原資料に当たる研究が「説文新義」「金文通釈」「字書3部作」などとして花開いた。
この仕事中に大学紛争があった。白川さんが立命館大に招いた作家の故・高橋和巳は評論集「わが解体」に「S教授の研究室」が全学封鎖の際も「それまでと全く同様、午後11時まで煌々(こうこう)と電気がついて、地道な研究に励まれ続けていると聞く」と書いている。
未知の分野を切り開いた人の常として批判にさらされた。学閥の背景がないだけにとりわけ厳しいものがあった。成果に光が当たったのは最晩年のことだった。
「平和だった東洋は1850年の太平天国の乱以来、分解した。中国は簡体字、韓国はハングルが主流になり、漢字文化圏は四分五裂した。アジアが分裂して争うのは不自然極まりないこと」が持論。東洋文化や精神を漢字を通じて再生するのが宿願だった。
◆学会の枠超え横断的に活躍
〈阿辻哲次・京都大大学院教授(中国文字学)の話〉 伝統的な漢字の研究体系に、考古学的、民俗学的な最新の成果を結合した業績は大きい。漢字学と考古学とは学会が別になっているが、白川さんは特定の学会の中におさまらずに、横断的に活躍した。今でこそ漢字研究はある程度、ブームとなったが、それはひとえに、白川さんが書いてきたことの結果だと思う。敬服する大先輩だった。
http://book.asahi.com/news/OSK200611020051.html
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