稲田幸久*1「著書を語る――『駆ける 少年騎馬遊撃隊』」『書標』(丸善ジュンク堂書店)524、pp.2-3、2022
曰く、
そうしてできたのが、「風の小説」としての『駆ける 少年騎馬遊撃隊』であったという。
風が草原を吹いている。地表を滑るように緑を倒し、徐々にこちらへ向かってくる。
圧倒的だと思った。この風を正面から受けた後、僕の中でなにかが変わるのではないか、そんなことを思った。風はいつも、懐かしさと、幾ばくかの期待を運んでくる。何十年、何百年、何千年も昔を吹いていた風。それは、何十年、何百年、何千年先の未来でも変わらず吹き続けているだろう。その風を、今、僕が受けようとしているのだ。風を目にした瞬間、僕はそんなことを思わずにはいられない。風の中に悠久な時の流れを見出すことができた時、僕は至福の思いに包まれる。
風を表現したいと思った。真っ先に浮かんできたのが馬だ。風の中を駆け、風そのものになって駆ける馬。馬もまた懐かしさと、幾らかの期待をはらんでいる。自らの命を必至に生き抜こうとする姿は、人間誰もが胸の奥に息づかせていたはずの純粋な思いだ。前へ前へと駆ける力強さは、いつも人の心を震わせる。(p.2)
そのストーリーは、
というもの。
戦国時代、中国の覇権をほぼ手中に収めた毛利家に、一度は滅ぼされた尼子家が再興を願って立ち向かう。両家の激突は、故郷を賊に襲われて天涯孤独の身となった小六という少年が、毛利元就の次男である吉川元春*2に拾われたところで動き始める。類稀な馬術の才を見出されて騎馬遊撃隊の指揮官に任命された小六は、尼子軍を倒すための奇襲を仕掛ける。一方の尼子軍では、毛利元就の計略によって、愛する人を失った山中幸盛(鹿之助)が復讐の一念を胸に出雲地方の布部山で毛利に戦を仕掛ける。吉川軍の中に自分の居場所を見出そうとする小六と、「我に七難八苦を与え給え」と三日月に誓うほど毛利打倒に執念を燃やす幸盛。両者の譲れぬ思いが戦場でぶつかる。(後略)(p.2)