「遊んでも遊んでも」

「遊んでも遊んでも、まだ足りないのはなぜ?(兵庫県、小1)」(「てつがくカフェ」*1)『毎日新聞』2022年11月27日


この問いに、神戸和佳子(「ゴードさん」)*2


(前略)お手紙を送ってくれた人は、二つの理由を教えてくれたよ。一つの理由は、とっても楽しいからだって。夢中になって遊ぶ楽しい時間は、ずっとずっと続いてほしいから、途中で終わるとなんだか物足りない気持ちになってしまうんだね。もう一つの理由は、遊んでいるうちに、またほかの楽しい遊びに移っていくからだって。なるほど、やりたいことがいくらでも浮かんでくるから、一つや二つの遊びをしても、まだまだ満足できないんだね。どちらの理由ももっともだなあ。

だけど、考えてみると不思議だな。だって、たくさん食べたらおなかいっぱいになるよね。もう食べられないやって、満足できる。それなのに、たくさん遊んでもなんだか物足りない。いったい何が違うのかなあ。
村瀬智之(「ムラセさん」)*3

「遊び」をジャマするのは、「飽きる」ことじゃないかな。同じことで長く遊ぶと飽きてしまう。みんなの家にも、何回も遊んでいるうちに飽きて、しまってあるオモチャがあると思う。飽きることは、遊ぶことの大敵だ。
でも、飽きたら、別の遊びをすればいいだけだ。そういう意味では、遊びそのものは、君も言うとおり、いつまでたっても飽きないし、足りないものなのかもしれないね。
それは、きっと、僕たちがどんなものでも「遊び」にできてしまうからだ。誰かにやれって言われていなくて、いつでもやめられるとか、それほど難しくないとか、そういうものであれば、なんでも遊びになる。
土屋陽介(「ツチヤさん」)*4

(前略)小1の子が大人よりずっと勝っているものって何かわかる? 答えは体力だ! あなたくらいの年齢の子どもは、大人よりもはるかに体力があって疲れ知らずなんだ。だから「遊んでも遊んでも足りない!」って思えるのは、あなたの体力が有り余っているからじゃないかと僕は思う。
僕だっていまでも遊ぶことは好きだ。でも、おじさんの僕は遊びすぎると疲れちゃうから、ほどほどで満足して切り上げてしまう。正直に言うと「どれだけしてもまだ足りない!」って思うのは、「遊ぶ」ことより「休む」ことや「寝る」ことの方だ。これは体力が落ちているからだ。