依存=従属の話

乗松亨平『ロシアあるいは対立の亡霊 「第二世界」のポストモダン*1から。
著者は「「私はXにとって他者である」という図式に還元できる「大きな物語」」を「「第二世界」の物語」と呼ぶ(p.22)。「「第二世界」の物語」への「疑義」の一例として、レフ・グトコフとボリス・ドゥービンの、「ソ連崩壊後のロシアが混乱に陥り、民主的体制が根づかなかった原因」を探る議論*2が参照される(p.23ff.)。


ここでいわれているのは、第一に、権力を改変する見込みがないままに長期間、反権力をアイデンティティとして集ううち、そのアイデンティティは「権力にとっての他者」たちの結束を保つためだけの空疎なものと化した、ということである。第二に、そうした「権力にとっての他者」たちのグループは自閉してたがいに孤立し(略)相互にやりとりするような知的理念や意見を練りあげることをやめた。その結果、各人が公権力に関与し、それを改善してゆくための意見をぶつけあうような市民社会を、ソ連崩壊後に知識人たちは実現できなかったのだと、グトコフとドゥービンは考える。
(前略)ソ連知識人の共通目標となったのは、権力に抗してリベラルな自由を手に入れることだった。アイザイア・バーリンによる自由の古典的区別に照らすなら、ここでいう「自由」は消極的自由――「Xからの自由」であって、権力の干渉を逃れてやりたいことをする選択の自由の確保が目指されている。自由の獲得そのものが賭けられている状況で、自由をいかに行使するかに関わる積極的自由――「Xへの自由」のほうはあとまわしになった。「二つの自由概念」を発表した当時(一九五八年)、バーリンが二つの自由のうちで消極的自由のほうを擁護したのも、ほかならぬソ連の抑圧的政治体制を念頭においてのことだ。積極的自由は、自分の選んだ理念や理想にしたがって自己を形成する、自己決定や自律の自由と規定される。これが集団的な自己、すなわち「われわれ」に適用されたとき、理念にもとづく「われわれ」の強圧的統合――たとえば共産主義の理念にもとづく全体主義体制を導きうるがゆえに、バーリンは積極的自由を警戒した。
しかしグトコフとドゥービンを読みかえれば、権力というXを標的として「Xからの自由」を目指し、「Xにとっての他者」であること、「Xではない」ことにアイデンティティを見出してきたソ連知識人は、その結果、「私はXである」、「私はXを目指す」という積極的なアイデンティティを十分育めなかったことになる。後期ソ連では宗教やナショナリズムエコロジーといった理念を掲げる知識人グループも現れたが、それらの理念は内輪の結束のかすがい以上にはならなかったというわけだ。(略)ロシアの場合、「大きな物語」はたんに凋落したのではない。むしろ「第二世界」の物語という「大きな物語」の根強さが、ポジティヴな理念の成熟よりネガティヴな拒絶と対立が発達する事態を招いたのである。
「あれこれの知識人グループが『権力から距離をとる』試みは、結局のところ、権力との根深い結びつきを示すのである」と、グトコフとドゥービンは述べている。「 私はXにとっての他者である」というアイデンティティは、Xなくしては成り立たない。Xの存在を前提にする点で、それはXに依存しているともいえるだろう。(pp.23-25)
また、グトコフは、そうした「内部に積極的な統合原理を欠き、ひとえに外部のXに依拠する」「消極的アイデンティティ」の淵源を、「西欧列強に遅れて近代化を開始し、やがて社会主義陣営を率いて資本主義世界と対峙するなかで、つねに西欧・西側というXを参照点に自己規定してきたロシアの近代史」に求めているという(p.26)。
思ったのは、要するに〈エディプス〉ってこと? ということだ。
また、「Xにとっての他者」としての私というのは、露西亜ということだけなく、〈万年野党的メンタリティ〉として一般化できるかも知れない。また、後発的近代化社会のルサンティマンの問題。大まかに言って、非西欧が西欧に〈遅れてきた者〉としてのルサンティマンを拗らせたとしらら、さらに細かく見れば、独逸や伊太利が英仏にルサンティマンを拗らせ、露西亜や東欧は独逸や伊太利(を含む西欧)にルサンティマンを拗らせたtと言えるのだろうか(Cf. Pankaj Mishra Age of Anger: A History of the Present*3)。

*1:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/04/22/155151

*2:Lev Gudkhow & Boris Dubin Intelligentsiia zametki o literaturno-politicheskikh illiuziiakh

*3:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/20180531/1527733301