Anarchist/Christian

塩野谷恭輔*1アナキズムによるキリスト教の原点回帰」『本のひろば』(キリスト教文書センター)769、pp.14-15、2022


ジャック・エリュール*2アナキズムキリスト教』の書評。


ジャック・エリュールは、二十世紀フランスにおいて社会学や神学の分野で活躍した左派知識人である。日本での知名度はあまり高くないが、欧米ではイヴァン・イリイチ*3やコルネリュウス・カストリアディスに影響を与えた思想家としても知られている。エリュールは左派といってもマルクス主義者ではなく(略)アナキストであり、そして同時にクリスチャンでもあった。(p.14)

(前略)本書は序章と補論を除けば、二部からなる。第一部は「キリスト教の立場から見たアナーキー」と題されているが、ここで論じられているのはエリュールのアナキズム理解であり、またそうした立場からの既存のキリスト教(会)批判である。エリュールにとって、アナキズムの立場からするキリスト教批判あるいは糾弾が必要なのは、それがキリスト教を正しい聖書の理解やそれに相応しい振る舞いへと立ち戻らせる根拠となるからであるという。続く第二部では、それまでの議論を踏まえた上で、ヘブライ語聖書から新約諸文書までの読解が示されることになる。
ここで重要なのは、エリュールが聖書の読解から取り出そうとする「アナーキー」とは、(当然ながら)たんに「無秩序」を意味するのではなく、権威・権力や支配の排斥であるということだ。アナーキーに対するこうした積極的な意味づけは、もちろんエリュールのオリジナルというわけではない。だが歴史的な事実として、左派はこれまでアナキズムもといアナーキーを、社会を無秩序に誘うものとしてしばしば斥けてきた。それゆえにアナキズムを擁護する思想家たちは、今日にいたるまで、この「アナーキー」という語に積極的な意味や価値を見出そうと繰り返し試みてきたのである。たとえば、カトリーヌ・マラブー*4が近刊『抹消された快楽』*5プルードンを引いて言うように。(pp.14-15)