「押韻」を論ずる九鬼周造(小浜善信)

小浜善信「九鬼周造押韻論――天球の調を聴く」『図書』(岩波書店)830、2018、pp.12-16


九鬼周造*1押韻論を巡る小論。
その最後に近い部分を書き写しておく;


ところで、九鬼は押韻論において詩の音楽性を強調するだけではない。そこには九鬼哲学の主題であった「偶然論」と「時間―永遠論」も絡んでいる。かれは、詩を「言語の運*2の純粋な体系」とするP・ヴァレリィの詩学(『ヴァリエテ』Variete)に言及し、さらに富士谷御杖の「すべて物二つうちあふはずみに自らなり出づるものは、かならず活きて不測の妙用をなすものなり」(『真言弁』下巻「言霊の弁」)という文章を引く。九鬼は、「言語の運[Chance:偶然]」や、「物二つうちあふはずみに自らなり出づるもの」という表現の中に、異なる二つの言葉が偶然に邂逅することによって意図せずして生じる音韻間の共鳴ということを読み取ろうとしている。(略)ソネット「或る夜」では、二重母音a-eとa-eという同じ音韻同士が、またu-iとu-iというそれがゆくりなく戯れに邂逅して共鳴し合い、美しい響きを放つのである。
さらに、押韻は一句のリズムにまとまりを与え、次の一区のそれにも切りをつけて、そこに一と他という断絶をもたらしつつ韻の呼応作用によってり両句を連結する。押韻は、律の反復を可能にし、呼吸の反復、生命の絶えざる回帰の象徴となる。それは呼吸と生命、そして自然と宇宙における無限の反復・回帰を暗示する。こうして九鬼の音韻論は、かれが学生時代から生涯に亘って憧れ続けた古代ギリシア思想、とりわけ宇宙の奏でる音楽(「天宮の調」)を聴く「心耳」をもつと言われたピュタゴラス、そしてプラトン(『国家』Πολιτεία、第二―第三巻)、ボエティウス(『音楽綱要』Da institutione musica)らによる西洋古代音楽論に通じてくる。
渚の反復する波のように、四季の廻りのように、そして永遠回帰する天体の円環運行のように、詩韻ははかなく流れ行く時間のその都度の「現在」という瞬間の中で反復・回帰しながら無限の音楽を奏でる。韻はわれわれを反復・回帰する宇宙、そしれ永遠と無限の観念へと誘う。九鬼は「天球の調を夜空はるけくも耳にききけむいにしへ思ほゆ」と詠んだ。押韻の中にその「天球の調」を聴き取る心耳をもたなければならない。宇宙の音楽を聴き、そこに永遠と無限を垣間見ることのできる日本人の鋭敏な感性と、それを定型押韻詩のかたちで表現しうる日本語の豊かな可能性への確信があったからこそ、九鬼は日本語における押韻について強調したのだと思われる。(pp.15-16)
The Republic Of Plato: Second Edition

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さて、「文学の形而上学」(in 『時間論 他二篇』)にて、九鬼周造曰く、

文学の時間性は量的時間の属するか質的時間に属するかというと、むろん後者に属することは音楽と同様である。文学にあって最も量的時間に近いのは詩のリズムである。日本詩では五七調と七五調とに共通の点は十二音という数である。量的時間の言い表わし方に従えば時間が十二にきざまれている。それが詩の一句として幾つか繰り返されてそこに詩の形式が成立するのである。しかるに詩のリズムは人間の呼吸のリズムに基づいている。すなわち一気息で朗唱され得るという条件の下に詩の一句が成立する。そうして人間の一呼吸のリズムはほぼ一定しているから、従って詩の一句の長さは各国語においてほぼ同じである。日本で五七調も七五調も一句十二音であると同じくフランスでも最も典型的な詩形アレキサンドランは十二音である。
音節を数えるという点からみると詩の時間は量的時間のようにも思われるが、実はそうではなく質的時間である。詩の時間は純粋な持続または流動である。そのことは五七調とか七五調とかいうことにすでに明かにあらわれている。十二音を一定に句切って五七調または七五調にすることがすでに時間が量的時間ではなく質的時間であることの証拠である。(p.123)
時間論 他二篇 (岩波文庫)

時間論 他二篇 (岩波文庫)

韻を踏むことについては、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071002/1191309193 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081015/1224016759 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090521/1242870511 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090707/1246985332 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090711/1247338782 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110711/1310410741 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110810/1312949729 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130628/1372431522 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150524/1432406981 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20180122/1516596969も。