細見和之『フランクフルト学派』

細見和之フランクフルト学派』を読んだのは昨年の12月。


はじめに


第1章 社会研究所の創設と初期ホルクハイマーの思想
第2章 「批判理論」の成立――初期のフロムとホルクハイマー
第3章 亡命のなかで紡がれた思想――ベンヤミン
第4章 『啓蒙の弁証法』の世界――ホルクハイマーとアドルノ
第5章 「アウシュヴィッツのあとで詩を書くことは野蛮である」――アドルノと戦後ドイツ
第6章 「批判理論」の新たな展開――ハーバーマス
第7章 未知のフランクフルト学派をもとめて


おわりに
フランクフルト学派関連年表
参考文献

思想運動としての「フランクフルト学派」を概観した(多分)初めての入門書。これで、某筑波大学名誉教授が発信源だとされるフランクフルト学派に纏わる珍説*1に惑わされる人は激減した筈だ(笑)。まあ、これまで「フランクフルト学派」にせよ、アドルノハーバーマスといった個別の思想家に関しても、入門書的なものが出ていなかったということの方に驚くべきかも知れない。
第1章では、第一次大戦後の独逸語圏における思想的状況と政治的状況を踏まえて、フランクフルト学派の拠点たる「社会研究所」の創設が描かれる。第2章で特筆すべき点は、エーリッヒ・フロムの思想について詳しく説かれていることだろう。私が学生時代に教科書的な言説においてキャッチ・フレーズ的に言われていたのは、フランクフルト学派=「マルクスフロイト」の結合ということだった。その意味では、「フランクフルト学派」というのはアドルノやホルクハイマーである以前にフロムやマルクーゼだった。但し、「『自由からの逃走』*2が刊行された時点で、すでにフロムはフランクフルト学派とは袂を分かっていました」(p.34)。第3章はヴァルター・ベンヤミンについて。第4章はアドルノ/ホルクハイマーの主著という、「フランクフルト学派」という潮流それ自体の代表作である『啓蒙の弁証法*3を巡って。また、この章の最後で、フランツ・ノイマンナチス分析がやや詳しく紹介されている(pp.128-130)。第5章は戦後のアドルノの思考を巡って。第6章でユルゲン・ハーバーマスが紹介され、最後の第7章では、ハーバーマスの弟子の世代(「第三世代」)に当たるアクセル・ホネット、アルフレート・シュミット*4、アルブレヒト・ヴェルマー、クラウス・オッフェ、アレックス・デミロヴィッチ、マルティン・ゼール、ウルリッヒ・ベック*5ノルベルト・ボルツが駆け足で紹介され、さらにはマーティン・ジェイやナンシー・フレイザー*6といった米国の「フランクフルト学派」が登場する。最後には「未知のフランクフルト学派」としてエドワード・サイード*7が名指される(pp.223-226)。 
自由からの逃走 新版

自由からの逃走 新版

啓蒙の弁証法―哲学的断想 (SELECTION21)

啓蒙の弁証法―哲学的断想 (SELECTION21)

この本の問題点のひとつは、ポピュラーな思想家であり、「新左翼の理論的支柱としてのフランクフルト学派という、きわめて一面的どころか、基本的に誤ったイメージ」(p.94)の元凶であるにも拘わらず、ヘルベルト・マルクーゼ*8に対する記述が少ないこと。また、「フランクフルト学派」を「社会哲学」ということだけでなく〈学問論〉としても捉えるなら、アドルノが関わった〈実証主義論争〉やハーバーマスルーマンとのシステム論を巡る論争にもっと頁を割いてほしかったということ。さらには、戦後にホルクハイマーの沈黙或いは変容の意味が不明。曰く、

(前略)ホルクハイマーは戦後、けっして華々しい理論活動を展開することはありませんでした。一九三〇年代に『社会研究誌』に書き継いだ論考を単行本として出版することにも、彼はためらいを示し続けました。『道具的理性批判』という総タイトルのもと、『理性の腐蝕』と合わせてそれらの論考がドイツ語版で出版されたのは、一九六七年のことでした。戦後、社会研究所では、一九三〇年代の『社会研究誌』は地下室の木箱に封印されて、閲読もできない状態に置かれていたといいます。戦後のドイツで「マルクス主義者」と名指されることへの警戒心が、ホルクハイマーのなかではそうとう強く働いていたようです。
また、アドルノが懇請したにもかかわらず、『啓蒙の弁証法』の再版もホルクハイマーは拒みつづけ、短い付記とともに『啓蒙の弁証法』の新版が出版されたのは、一九六九年、振り返ってみれば、アドルノが心臓発作で亡くなる年のことでした。(後略)(pp.132-133)

*1:See eg. http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061015/1160883587 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061020/1161326515 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091106/1257482211 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091110/1257827687 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101120/1290272803

*2:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070320/1174400423 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091130/1259555364 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101018/1287421121 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131120/1384914970 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131228/1388214636

*3:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061107/1162865739 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080822/1219374573 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100829/1283053798 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110901/1314899481

*4:彼はハーバーマスと同じ第二世代に属す。

*5:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081124/1227455231 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101019/1287522228 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110626/1309027815

*6:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070611/1181558493

*7:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070422/1177265280 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070905/1189017702 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070905/1189017702 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070930/1191125598 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080116/1200439917 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080130/1201667720 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080312/1205292138 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080620/1213931086 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080814/1218738813 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081007/1223357639 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091229/1262114055 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110615/1308103103 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110709/1310229320 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120320/1332259441 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131123/1385231996

*8:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050805 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061019/1161241212 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091020/1256015112 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091106/1257482211 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091110/1257827687 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101027/1288193201 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110215/1297786787