宗麟の墓

毎日新聞』の記事;


大友宗麟
墓に落書き スプレーで銅像にも 大分・津久見

毎日新聞2016年1月8日 09時00分(最終更新 1月8日 09時00分)


臼杵津久見署は器物損壊容疑で捜査

 7日午後、大分県津久見市津久見の「大友宗麟(そうりん)公墓地公園」にある宗麟の墓石などが黒いスプレーのようなもので落書きされているのを、清掃ボランティアの女性が発見した。県警臼杵津久見署は器物損壊容疑で捜査を始めた。

 落書きされたのは、戦国時代のキリシタン大名として知られる宗麟の家臣の末裔(まつえい)が1800年ごろに再建した仏式の墓(市史跡)と、1977年に建築家・磯崎新さんの設計で再建されたキリスト教式の墓、宗麟の銅像や石碑、案内板2枚の計6カ所。

 同署によると、発見した女性が清掃に来た6日正午ごろと、7日午後2時ごろの間に落書きされたとみられる。墓の前のさい銭箱や供えられた花も荒らされていたという。

 市教委によると、同市は宗麟が死去した地とされ、キリスト教式の墓を再建した際に公園として整備。一般の人が自由に入れる。【安部志帆子、西嶋正法】
http://mainichi.jp/articles/20160108/k00/00m/040/159000c

磯崎新*1は大分生まれで、その作品は九州、特に大分に集中して存在しているのだった*2
さて、動機は宗教的なものなのだろうか。「仏式の墓」も荒らされているのだが。或いは、ただのいたずらなのだろうか。宗教的な動機による墓の破壊ということで思い出されるのは最近ではISISによる聖者廟の破壊*3。日本でも、比叡山の僧兵が法然上人の墓を破壊しようとした嘉禄の法難というのがあった*4。まあ、切支丹大名としての大友宗麟も彦山の修験道に対して、「信長の比叡山焼打ちにも匹敵する」弾圧を行っているのだが*5