「絶対ダメだと思ったのは5〜6月ごろ」(須田桃子)

毎日新聞STAP細胞騒動取材を担った 須田桃子さんへのインタヴュー*1


<捏造の科学者>多くの研究者の人生を狂わせた理研の罪

毎日新聞 6月21日(日)10時10分配信


 ◇STAP細胞「捏造の科学者」著者の須田桃子記者に聞く

 STAP細胞事件を追ったノンフィクション「捏造(ねつぞう)の科学者 STAP細胞事件」(文芸春秋刊)が第46回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。著者の須田桃子・毎日新聞科学環境部記者は19日の贈呈式で「今この瞬間、科学ジャーナリストの存在意義が問われていると思って、取材に打ち込みました」と語った。STAP細胞事件が引き起こした科学不信の罪と、巨大組織・理化学研究所の機能不全について、改めて須田記者に聞いた。


 ◇「誰が混入したか」結論を出さなかった理研

 −−タイトル「捏造の科学者」の直接的なタイトルが、STAP細胞事件の核心を表現しています。

 須田 理化学研究所の調査委員会は昨年12月、公式見解として「STAP細胞はES細胞(胚性幹細胞)が混入したものだ。ただ、意図的な捏造があったかどうかはわからない」と言っています。

 でも私は、1年以上のさまざまな実験と解析の中で、すべて偶然にES細胞が混入したとは思えない。しかも1種類のES細胞ではなく、そのつど、違う系統や違う種類のES細胞が混入している。それが偶然に起こることはあり得ないので、やはり誰かが意図的に混ぜたと確信しています。

 でも理研は「誰がどのように混入したか」を解明しませんでした。誰かを告発することもしなかった。納得できないし、もどかしく感じました。

 一方で、理研が12月の報告で「STAP細胞はES細胞だった」と科学的に証明したのは大きな成果でした。残された試料を科学的に解析し、その結果「ES細胞だった」という結論を出した。ある意味、科学の勝利と言っていいと思います。

 解析して結論を出さなければ、今も「STAP細胞はあるんじゃないか」「何かの陰謀で潰された」といった言説がまかり通っていたと思います。まだ言っている人もいますが*2、今となってはさすがに説得力はありません。

 −−ドラマチックな展開でしたね。

 須田 取材班には「これは科学史に残るスキャンダルになる」という確信がありましたし、疑義の深まり方と速い展開、そしてSTAP論文主要著者たちの強い個性と、ドラマチックな要素がそろっていた。権威のある方々がある意味惑わされ、翻弄(ほんろう)されたわけですから。もちろん私たちも社会も翻弄されました。

 本として記録を残し、取材班が一つ一つ確認し、積み重ねた事実を、読者に一緒にたどってもらいたかった。そうなれば「小保方(小保方晴子・元理研研究ユニットリーダー)さんはいじめられている」という見方はなくなると思いました。

 ──主な当事者にリアルタイムで直接取材していますね。

 須田 笹井芳樹さん(当時の発生・再生科学総合研究センター副センター長)は発生生物学の権威で、私が再生医療の取材を始めた当初から何度か取材をさせていただき、会ったことも、メールでのやりとりも何度もあったんです。昨年1月、理研からSTAP細胞発見の記者会見の案内が来たとき、問い合わせをした相手でもありました。それまで、笹井さんの言うことがすごく理解できるような気がして楽しい取材をしていたし、笹井さんもそれを感じてくださっていたのではないかと思います。

 STAP論文に疑義が出て以降は、一度も面会取材には応じてもらえませんでしたが、かろうじてメールの質問には答えてくれていました。当初は信じてほしかったんだと思います。そのための説得と思われるメールもありました。

 一方、小保方さんは、最初の1月の記者会見の翌日に毎日新聞など数社のインタビューを受けていて、その後は一切受けていません。「小保方さんフィーバー」が起きてしまい、理研がすぐ取材をシャットアウトしたからです。研究への疑いが浮上した後は、取材を申し込んでも同じ状態でした。

 取材をしていて一番驚いたのは、笹井さんや丹羽仁史さん(当時の理研プロジェクトリーダー)が小保方さんをすごく信頼しているように思えたところ。疑義が深まり、博士論文の画像使い回しが見つかった後も態度は変わりませんでしたから。小保方さんは周囲の印象がとても良く、話しぶりや言葉遣いが魅力的だ、という評判をあちこちで聞きました。信頼される人間的な魅力はあったのだと思います。

 −−当事者とのメールのやりとりが生々しい。

 須田 笹井さんや丹羽さんは面会取材に応じてくれませんでした。記者会見以外はメールしか質問手段がない。そのメールの中で、彼らはかなり詳細に自分の考えを述べています。私が新聞記者という立場で、生命科学の分野の取材が比較的長いからこそ、相手もある程度信頼して答えてくれたと思います。

 社会の関心が高い事件でもあり、当事者が答えた情報をこのまま眠らせておくことは許されないと考えました。さらに、理研の研究は税金などでまかなわれています。STAP細胞研究もその成果だったわけですから、国民に説明する義務があるはずと思いました。

 −−STAP細胞の存在を信じていましたか。

 須田 私自身は、遅くまでSTAP細胞の存在を根本から否定できませんでした。ありえないミスがいっぱいあるSTAP論文だけれども、研究実績がある笹井さんや丹羽さんがここまで言っているからには、何かそういう現象があるんじゃないかと思ったからです。そこが反省すべきところで、人間は権威に弱い生き物だなと感じました。

 STAP細胞が絶対ダメだと思ったのは5〜6月ごろ。STAP細胞の遺伝子データを解析した結果、長期培養しているES細胞でよく見られる特徴が見つかった時点です。「STAP細胞がない」と本当に確信を持てたのはその時でした。

 ──問題をここまで拡大させたのは理研ですか。

 須田 一番の憤りはそこです。理研の対応がひどかった結果、事件を長引かせ、取り返しのつかない損害がいくつも起きてしまった。所属が変わった人、海外から赴任してきたばかりで 家族を呼ぼうと思っていた矢先だった人、他の研究機関に転出した人。優秀な研究者の多くが人生を狂わされました。
(後略)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150621-00000005-mai-sctch&pos=2

『捏造の科学者』という本は未読だが、読んでみたいという欲望はこのインタヴューを読んで、より強くなったということは申し添えておきたい。