「キモくて金のないオッサン」

キモくて金のないオッサン」というフレーズが流行りなんだね。


オッサンの貧困を最近扱っているけど、驚くほど共感を得られない。性の商品化が問題などと言う人もいるけれど、買えない、売れない、キモくて金のないオッサンの方がどう考えても詰んでると思うのは俺だけ?
https://twitter.com/1yagiryow5/status/600846708562497536
というのがその起源か*1
「キモくて」というのはちょっと脇に置いておいて、「金のないオッサン」というのに注目すれば、キャリコネ編集部「「キモくて金のないおっさん」が増加中? 彼ら「弱者男性」に居場所はないのか」*2が指摘しているように、

キモいかどうかはともかく、「金のないオッサン」が増えていることは確かなようだ。DODAが調査している年代別の平均年収によると、40代は07年の670万円から14年の586万円と、実に90万円近く下がっている。

総務省の調査によると、「45〜54歳男性」の非正規労働者比率は95年の2.9%から2015年で9.4%に増えている。また「55〜64歳男性」でも17.5%から31.5%に増加している。

これは一方では、雇用の「非正規」化という一般的なトレンドの表れでもあるのだが、時は流れて、かつてロスト・ジェネレーションと呼ばれた世代*3が既に中年に差し掛かっているということもあるのだろう。景気が上向きになってきたといっても、その恩恵を真っ先に受けるのは若年層だろうし、同世代でも若い頃に正規雇用にありつけた恵まれた層だということになるだろう。
問題を複雑にしているのは、「キモくて」という部分だろう。上掲の記事には、「仕事からも、女性からも、そして社会からも「相手にされない」という状態の男性」というフレーズもある。これって、21世紀に入って以降ネット社会を中心に、さんざん議論やお喋りをされ、一般化した言葉で言えば「非モテ*4ということだよね。妙な疎外感に駆られて、(あらゆるかたちでの)〈リア充〉とか女性一般に対するルサンティマンをこじらせたりして。
キモくて金のないオッサン」というのは「非モテ」と経済的な貧困を結び付けたところに新味があるのだろうけど、このフレージングが中高年男性の貧困問題の解決或いは緩和に役立つかどうかは疑問だ。「驚くほど共感を得られない」というのは当然のことだとは思うけど、それだけでなく、このフレージングによって、「オッサン」の間に分断が持ち込まれてしまうのだ。既婚者で子持ちの「金のないオッサン」から「 キモくて金のないオッサン」を見たらどうなるのだろうか。恐らく、


身軽でいいね!


とか


可処分所得が高そう!


ということになるのではないか。余計なものを結び付けたことによって、低賃金とか「非正規」雇用といった共通点に基づく連帯は阻まれてしまう。キモいか否かを問わず、「金のないオッサン」が如何にして自らの境遇を改善していくのかということを焦点化すべきなのだ。そもそも、「非モテ」問題というのを雇用政策とか福祉政策とかで何とかするというのは不可能なのだ。また、経済生活の改善は「非モテ」を或る意味で逆に追い詰めてしまうのかも知れない。貧乏な場合は、俺は「金のないオッサン」だから仕方がないという逃げ(自己欺瞞)の余地がある。経済生活が改善するということは、そういう逃げの余地がなくなって、「非モテ」ということに正面から向き合わなければならないということでもある。
そういうことを熟々と考える上で、houyhnhmという方の「現代における、「そこは救えない」という所。」というエントリーはとても興味深い*5
これまでは、キモいという感覚、或る人物とかに対してキモいと感じてしまうこと、そしてその感じられたキモいがスティグマとしてその人物に彫り込まれてしまうことについては目を瞑ってきた。未分化な嫌悪感とでもいえるだろうか。何か(誰か)をキモいと感じることは善悪とは関係ない。たんなる心的事実である*6。当たり前かも知れないけれど、肝要なことは、社会の様々な職務の人はその職務の遂行において、自分のキモいという感覚をレリヴァントではないものとしてエポケーしなければならないということだ。「キモくて金のないオッサン」ということに関して言えば、例えば社会福祉担当者はあくまでも「金のない」ということだけに注目して、救済策を考えなければならない。とはいっても、一般社会という準位においては、キモいということで、得られてしかるべき「共感」が萎えてしまうということはあるだろう。どうすればいいのかはわからない。また言っておかなければならないことは、キモいというスティグマを捺される人は(少なくとも原理的な準位においては)一方的な被害者ではない。キモいが社会的に構成されるプロセスの当事者として、そのプロセスに(原理的には)影響を与えることができるのだ*7
さて、キャリコネ編集部「「キモくて金のないオッサン」は自己責任? どうしたら「救済」されるのか」という記事*8。そこに引かれた山本一郎*9の言葉;


「カワイイ動物は、絶滅危惧になったときに支援されやすい。アトラクティブ(魅力的)な社会的属性があればあるほど『あなたは弱者ですね』と認められやすいんです。(キモくて金のないオッサンは)可視化されても救済されない」
まあそれはそうなんだけれど、「カワイイ」ことと「キモい」ことって、相容れないというわけでもないでしょう。キモカワということもある。というか、人気のキャラというのは、ふなっしー*10もそうだけど、その多くは、かわいいとキモいの紙一重、つまりはキモカワということになるのでは?

*1:Via http://www.reddit.com/r/newsokur/comments/36yi2e/%E6%B1%BA%E3%81%97%E3%81%A6%E6%95%91%E3%82%8F%E3%82%8C%E3%81%AA%E3%81%84%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%9A%84%E5%BC%B1%E8%80%85%E3%82%AD%E3%83%A2%E3%81%8F%E3%81%A6%E9%87%91%E3%81%AE%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%8A%E3%81%A3%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6%E8%AA%9E%E3%82%8B/

*2:https://news.careerconnection.jp/?p=12278

*3:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080502/1209698659 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090210/1234250786

*4:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060312/1142190612 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060329/1143646604 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060331/1143821284 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061029/1162091586 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070514/1179125368 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070704/1183550060 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080131/1201781124 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080405/1207424173 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080419/1208580191 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080706/1215290274 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080714/1216008269 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080810/1218388851 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080812/1218508991 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080816/1218888538 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080820/1219205407 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080821/1219335534 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090330/1238389918 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090621/1245530674 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090805/1249492266 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091123/1258972844 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100211/1265860665 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100213/1266069745 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100810/1281411210 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100816/1281930523 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100903/1283530333 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110727/1311790165 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110802/1312305275 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110821/1313861365 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120709/1341846186 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130707/1373185561 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140104/1388844590 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141224/1419445817 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150216/1424016415 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150304/1425405508 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150319/1426741820

*5:http://abyss.hatenablog.jp/entry/2015/05/25/181019

*6:それどころか、或る種の対象をキモいと感じることができる能力は美徳であると言いたくなることもある。

*7:「「お金のないおじさん」より「キモイお金のないおじさん」が弱者である可能性」というエントリー(http://odoratec.hatenablog.com/entry/2015/05/23/162610)が気に入らないひとつの理由は、この相互性を無視していることである。

*8:https://news.careerconnection.jp/?p=13026

*9:http://kirik.tea-nifty.com/ See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090625/1245896110 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091204/1259898706 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100505/1273034923 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130219/1361281297 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130617/1371427964 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140809/1407591494 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150424/1429891088 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150615/1434390279

*10:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140914/1410712167 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141210/1418147190