「グルメ離れ」?

「「1万円の松阪牛より現金3000円」 現代の若者は幸福なのか不幸なのか?」http://careerconnection.jp/biz/news/content_2291.html


曰く、


12月22日放送の情報番組「とくダネ!」(フジテレビ系)で、大学生の食生活が特集された。その中で、学生に「もらうなら1万円分の最高級松阪牛か、現金3000円か」と聞くという企画が行われ、ネット上で話題を呼んでいる。

番組によると、大学生の「半数近く」が現金3000円を選択。使い道を聞くと「セブンイレブンのおにぎり30個!」と回答し、別の男子学生も「肉は好きだけど肉なら何でもいい」と語った。高級なグルメにはあまり関心がないらしい。


この結果について、大学生の食生活を研究している専修大学の佐藤康一郎准教授*1は番組で、

「デフレの時代が長く続いているので、(今の学生は)比較的低い金額でお腹いっぱいになることができる」

と指摘。そのため、高くて良いものを食べたいという欲求が低くなっていると説明した。番組ではほかに、カップラーメンばかり食べる東大生や、「便利」という理由で毎夕食に冷凍パンを焼いて食べる女子大生が紹介されていた。若者の「○○離れ」という言葉はよくあるが、これは「グルメ離れ」だろうか。

最近も少なからぬ大学生が「食事はとりあえず空腹が満たされればいい」と考えているという報道があった*2。また、若者の「嫌消費」という言説もあった*3。しかし、「グルメ離れ」と早急に言っていいのかどうかはわからない。
先ず、「グルメ」というのは「高くて良いものを食べたいという欲求」とはちょっと違う。何しろ、B級という冠がつくのが普通だとしても、「高く」はないラーメンや焼きそばや餃子も「グルメ」の対象である。高いからいいというのは、「グルメ」からしてみれば、舌の快楽を金額に還元してしまうすり替えるきわめて田吾作的な所作といえるだろう。それから、「高くて良いものを食べたいという欲求」を貶すのは必ずしも若者ではない。かつて中田英寿さんが「nakata.net café」で1杯1200円の「卵かけゴハン」を出したところ、それをdisったのは『日刊ゲンダイ』だった*4。『日刊ゲンダイ』を読むのはオヤジか「小沢信者」くらいで、まともな若者は読まないだろう。
言説としての「グルメ」が定着したのは、1980年代、山本益博氏などによるレストラン評論の確立、さらには伊丹十三の映画『タンポポ』の後くらいだったように思う。それ以前、日本には、吉田健一を初め、邱永漢池波正太郎、或いは丸谷才一といったグルメなエクリチュールが存在していたにも拘わらず、成人男子が大っぴらに食べ物について云々するのは女々しく恥ずかしいことだという風潮があったわけだ。だから、若者の「グルメ離れ」があったとしても、それはかつてあった日本への回帰にすぎない。さて、「ステーキ」だけれど、「グルメ」以前の贅沢という匂いがぷんぷんする。その場合は、「ステーキ」じゃなくてビフテキというべきだろうけど。人前で「ステーキ」という言葉を発するのはけっこう気恥ずかしいことだ。レストランのメニューで、ステーキにはグラム数が書いてあることが多い。何だか、重さを食べている、重さを消費しているという気になってくる。そんなメニューはほかにない。それから、初めて海外旅行に行って、サンダルみたいなステーキを食べた! というのは自慢話の定番だったような気がする。とはいっても、若者はけっこう日常的に「ステーキ」を食べている筈だ。ハンバーガー。ハンバーグとはすなわちハンバーグ・ステーキで、挽肉の「ステーキ」ということだろう。どうせだったら、「松阪牛」のハンバーガーとマクドナルドのハンバーガーを比較するという企画をやったら面白いのでは?
因みに、かつて中上健次霜降りの「松阪牛」を食べなければ日本文化を理解することはできないと主張して、ジャック・デリダを論破したのだった*5
やまもといちろう氏*6の「自分もそうでしたけど、美味しいものを自分で金払って食べることを経験してないと、どうしても食は小さい方にまとまっちゃうんですよ」というコメントが引用されている。そうそうと肯く。私は安いワインに舌が馴れてしまって、偶に高いフル・ボディのワインをいただく機会があっても、味が重くてかなわないなと感じてしまうのだった。