血、汗そして涙も?

村野瀬玲奈「「ブラック企業」という言葉の使用について」http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-4674.html


ブラック企業*1という言葉は黒人に対する差別用語なのかどうか*2。難しいけど、実際に黒人の人に突っ込まれたら真剣に応答せざるを得まい。
英語では、


black market
black sheep
black mail
black list
etc.


と、black(黒)をネガティヴな意味合いで使うことがままある。それを以て、例えばケニアの作家グギ・ワ・ジオンゴ*3は英語のことを「全人類の言語のなかで、おそらく最も差別的である」と断言する(「アフリカ社会のなかで文学のなしうること」 in『アフリカ人はこう考える』、p.69)。しかし、英語を断罪する前に、例えば仏蘭西語のnoirや伊太利語のneroの意味論を吟味する必要があるだろうし、英語にしても、歴史を遡って、英語話者がアフリカ人と出会う以前のblackの意味論を吟味しなければなるまい。もしかしたら、黒人に対する差別があってそれが隠喩的或いは提喩的に転移されてblackのネガティヴな用法が生まれたのではなく、英語その他の言語にあったblack/whiteの二項対立が基礎にあって、それが人種関係に転写されることによって、黒人差別が言語的に構成されたと言えるかも知れない。客観的に見れば、白人も白くはないし黒人も黒くはない。なのに、何故白人とか黒人と言われるのかということを考えてみよ。黒と白の二項対立は、亜細亜の言語・文化でも見られるが、その場合、その成立はアフリカ人(黒人)との接触とは取り敢えず関係ないと考えてよろしいだろう。中国に発する囲碁。日本語の場合だと、玄米/白米、玄人/素人という対立。或いは角力における白星と黒星。警察用語(?)のシロとクロ。こういう色のシンボリズムが歴史的に形成されてきた上に「ブラック企業」という言葉もつくられたと考えるべきだろう。

アフリカ人はこう考える―作家グギ・ワ・ジオンゴの思想と実践

アフリカ人はこう考える―作家グギ・ワ・ジオンゴの思想と実践

さて、増田聡*4は「留学生に聞いたところ「ブラック企業」の中国語訳は「血汗工廠」が妥当だろうとのこと(ただ日本ほど頻出ではないらしい)」と言っている*5。中国語ではfactoryを「工場」とはいわないので「血汗工廠」というが、「血汗工場」というのは英語のsweat shopの訳語として日本語でもけっこう広く使われていたようだ*6。戦前の労働問題を研究していた人がほぼ定訳であるかのように語っていたことがあった。ただ、「血汗工場」(sweat shop)と「ブラック企業」が100%対応するかどうかと言われれば、ちょっと首を傾げざるを得ないだろう。勿論「ブラック企業」の中には、古典的なsweat shopそのままだぜというところはある。例えば児童労働*7とか。でも、「ブラック企業」は鉱山や軽工業だけでなく販売業やサーヴィス業にも拡がっており、非熟練ブルー・カラー労働者だけでなくホワイト・カラー労働者も巻き込まれている。これは、やはり19世紀の匂いがぷんぷんする「血汗工場」(sweat shop)の手には負えないよね。例えば(私の経験からも)「ブラック企業」と呼ばれる企業では、従業員に(例えば)社長の著作などの本を読ませて感想レポートを強制的に提出させる企業が屡々ある。こういうのは、〈学習=洗脳型企業〉として論ずるべきなんじゃないかとも思うのだが、これは古典的な「血汗工場」(sweat shop)にはないだろう。

*1:Mentioned or used in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090624/1245843939 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100506/1273114399 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100613/1276414494 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110206/1297010958 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110222/1298351689 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110621/1308676863 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110918/1316350893 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20111224/1324692134 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120601/1338563241 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120621/1340291749 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130130/1359564569 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130308/1362745336 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130705/1372981247 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130712/1373592496 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131015/1381842900 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131122/1385106574

*2:http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-4661.html#comment20325

*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131204/1386109987

*4:http://d.hatena.ne.jp/smasuda/ See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060805/1154800204 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070917/1189963855 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080526/1211741542 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090729/1248893927

*5:https://twitter.com/smasuda/statuses/352978024871886849

*6:英語の「汗」に、血(blood)が加わっている。涙(tears)も加えたらどうだ。

*7:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070128/1169989586 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070615/1181867226 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071105/1194258899 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120213/1329146184