鶏の血

最近中国ではネットを中心に突然興奮するという意味で「打鶏血」という言葉がよく使われている*1。1980年代に「鶏血療法」というのがあって、雄鶏*2の血を注射すると、興奮して顔が赤くなるのだという。
さて


杜興「文革時”打鶏血”的荒謬療法因何盛行?」http://book.ifeng.com/shuzhai/detail_2010_10/25/2886001_0.shtml


によると、「鶏血療法」が流行ったのは1980年代ではなく文革時代。「鶏血療法」が始まったのは1959年。上海の兪昌時という医師(1903年生まれ)が鶏の血を注射することによって、喘息、胃潰瘍、偏頭痛などの病気を改善できることを発見した。但し30%以上の確率で発熱や蕁麻疹といった副作用も発生した。因みに、この前年の1958年には大躍進運動が開始されていた。その後兪昌時は「鶏血療法」の宣伝資料を中国全土にばら撒き、1964年には『鶏血療法』という著書を上梓するに至る。しかしながら、1965年6月に上海市衛生局は「鶏血療法」の危険性を指摘した報告書「関於鶏血療法的情況和処理意見的報告」を中央政府(衛生部)に送り、「鶏血療法」の禁止を求めた。7月に衛生部は「関於”鶏血療法”的通知」を発し、上海市市衛生局の報告を支持し、「鶏血療法」を事実上禁止した。しかし翌1966年に文化大革命が勃発すると形勢は逆転し、1966年12月に衛生部は「関於”鶏血療法”的通知」を撤回し、同じ12月に「高挙毛沢東思想偉大紅旗徹底批判衛生部在鶏血療法上執行資産階級反動路線大会筹備辦公室」なる組織が『徹底為医薬科研中的新生事物――鶏血療法翻案告全国革命人民的公開信』というパンフレットを発行し、さらには各地の造反組織が兪昌時の著書の海賊版を印刷することによって、1967年は中国全土で「鶏血療法」ブームが湧き起こることになる。1968年以降になるとブームは自然と萎んでいくのだが、21世紀になっても、〈兪昌時信者〉というべき人がいて、「鶏血療法」がAIDSに効くと信じているということも確認されている。
朱大可氏*3によれば、「鶏血療法」の流行した時期は文革がいちばん暴力的だった時期と一致するという。これらの間には「神秘呼応」が存在するという。兪昌時も副作用が多すぎるという批判に対して、リスク(犠牲)を恐れていては革命も科学も発展しないと反論している。
「鶏血療法」の起源に関しては別のフォークロアが存在する*4。それによると、1965年に中国某省で元国民党の軍医が死刑になりかけたが、無病・長寿の秘法としての「鶏血療法」を明かすことによって死刑を免れた。勿論蒋介石も鶏の血を打っている! こうして「鶏血療法」は某省の上流社会に拡がり、やがて文革が始まり、某省のトップが吊し上げられ、「鶏血療法」のことも白状させられて、「鶏血療法」は下々にも伝わった。しかしこれは事後的に捏造されたストーリーである。
「鶏血療法」は蘇聯の「組織療法」に由来する。それによれば、抽出された人体の組織を再度注射したり体内に埋め込んだりして治療するらしい。1950年代の中国ではかなり熱心に学習・実践されたらしい。
さて、鶏の血を注射すると興奮のために顔が赤くなるのかどうかというのはわからなかった。ただショックのため顔面が蒼白になるという副作用は報告されているが。ということで、鶏の血を注射してほんとうに興奮するのかどうか、実験をしていただきたいのだ。
文革期の中国の医療技術といえば「鍼麻酔」があるが*5、これは現在の中国において殆ど忘却されている。