三戸公『会社ってなんだ』

会社ってなんだ―日本人が一生すごす「家」 (文真堂選書)

会社ってなんだ―日本人が一生すごす「家」 (文真堂選書)

三戸公『会社ってなんだ 日本人が一生すごす「家」』(文眞堂、1991)を斜め読みする。1991年の本であるが、実は1984年にカッパ・ブックスから出たものの新装版である。所謂日本的経営とか(日本的)会社主義*1への批判的な考察としてはかなり早い時期に属すると言っていいのか。
著者の主張は「日本の会社は家である」(p.132)ということに収斂しているといっていい。古語における「うから」と「やから」の区別(p.136)。「親子関係を成員の基本的関係としている集団が家族であり、家族を成員とする経営体が家なのである」(ibid.)。「恩情と専制の性格をもった命令、それにたいする絶対服従。命令者の服従者にたいする庇護。このような命令服従の人間関係を、わたしは親子と呼ぶのである」(p.137)。そこでは、個人と会社の関係は「契約関係」ではなく「所属関係」である;


日本の会社では、従業員は独立人格として会社と契約関係を結んで、そのかぎりで働いているのではない。(略)日本の会社では、従業員は会社に所属し、帰属するのである。
個人と会社との関係が、契約か関係か、所属ないし帰属関係かの違いこそ、日本の会社ないし日本の経営と、欧米のそれとを分かつ基本である。契約関係においては、契約の両当事者は、それぞれ独立の人格者間の関係である。契約事項以外については、両者間にはなんの関係もない。
だが日本のような所属関係では、いったんその関係に入ると、その関係がつづくかぎり、所属機関の一切の要求に応えるのである。だから、日本の会社における雇用関係を、「丸抱え」と表現したりする。
(略)賃金というより一般に給与といわれる。賃金という言い方はごく一般的な言い方であって、個々の会社で給与といわれている。給与という言葉は、雇用関係的表現ではなく、所属関係的、帰属関係的表現である。給与、給し与える、まさに所属し帰属しているものにたいして、給し与えるのである。
給料も給与と同じくらいつかわれている。賃金よりもはるかに多くつかわれている。給料も給与と同じく、それは上から下にあてがうもの、てあてである。上から与えられ、ほどこされるものである。
そして給料・給与のほうが、賃金より、われわれ日本人の耳には快くひびく。賃銀・賃金のほうが、給料・給与より下等なもののようにひびく。なぜであろうか。
上からのほどこし、てあて、あてがい、たまわるほうが上等で、独立人格としてギブ・アンド・テイクで当然受け取るべきを受け取る、という表現=賃銀・賃金のほうが、卑しいもののように、われわれ日本人にひびくのはなぜであろうか。ここにもまた、日本の会社とは何かを解くカギがひそんでいる。(pp.90-91)
新入社員すなわち「新しい家族は、血縁的家族が新たに生まれ、その家で育ち、その家の一員となってゆくように、新規学卒のまっさら者でなければならぬ」(p.151)。だから、

日本の会社は、中途採用者にたいしてきびしい。他所(よそ)の家(会社)で育った者で、その家を辛抱しきれず出てきたような者を、はじめからうちの家の子として育ってきた者と同じように取り扱い、遇するはずはない。(p.152)
さらに著者は、この「新規学卒一括採用」という慣行こそが「受験体制―――学校の選別機関化―――教育の荒廃の元凶」だと「断言」する(p.53)。
また著者が「家」としての会社が実は「臨時工・社外工・パート」といった「非家族成員」によって支えられていることを指摘していることに注意しなければならない(pp.171-172)。それから、著者は「家」としての企業を批判しつつも、日本においてクールな(「欧米」的な)「契約関係」或いは「資本の論理」が支配すること(「おやじ」から「経営者」への脱皮)にも実は懐疑的である(see pp.195-198)。
21世紀の読者にとっては、ここで著者が述べている「家」としての会社が、90年代以降の不況と新自由主義の嵐の中でどのように解体・変容したのかということは重要な問題であるといえるだろう。
著者は日本と「欧米」を比較するのみで、亜細亜社会(文化)には視線が及んでいない。ということで、この本とほぼ同時期に書かれたヴァンデルメールシュ『アジア文化圏の時代』*2をここでもマークしておく。それから〈日本の会社〉問題に関しては、幾度か言及した岩井克人『会社はこれからどうなるのか』*3を無視することはできないだろう。それから、〈日本のイエ〉ということで、佐々木孝次『母親と日本人』(文藝春秋、1985)をぱらぱらと捲っている(See also 『父親とは何か』*4)。
アジア文化圏の時代―政治・経済・文化の新たなる担い手

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会社はこれからどうなるのか

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父親とは何か―その意味とあり方 (講談社現代新書 (643))

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