「秘密」(メモ)

ウラディミール・ジャンケレヴィッチ『イロニーの精神』*1からまたメモ;


秘密において、もっとも強力なものは、それが沈黙を強いることではない。秘密を分かちあっている者どうしの間につくりだされる共犯関係こそ、もっとも強力である。秘密は無言であると同時に、明々白々なのであり、排他的であると同時に、信用しやすい。秘密はそれ伝授される者には口を噤み、門戸や窓を閉じてはいるが、秘密が閉じこもっているこの沈黙は、長々とおしゃべりした沈黙なのである。秘密は、パスカルのいう「隠れたる神」のように、雄弁な秘義であり、すでに半ば以上、姿があらわれているのである。恋人たちの秘密である「二人だけの秘密」であれ、宗教や政治の共同体を団結させる「何人かだけの秘密」であれ、常に秘密の貴族制というものがあって、その制度の特権者や標章、その神話や誓約などがつくられるのである。きわめて珍しいものを共に見たこと、途方もないある秘密を共有していること、といったような保持するには重たすぎ、めまいが起こりそうな証拠のどれか一つでも、すでにしてその二人の証人の間には永遠の友愛を、わざとらしくない相互理解をつくりあげているのであり、しかもその相互理解の理由はあるのに、その理由を問われることはないのである。この二人の共謀者は、まるで相手に対する筋の通った敬意によってでなく、秘密の神秘的な陰謀によって、死ぬまで盟約を結んだ炭焼党員のように、互いをみなしあうのである。それだからこそ、重大な秘密を漏らすことは、あらゆる背信行為の中で、もっとも冒瀆的と思われる。秘密を破ることは、聴罪司祭と罪の告白者との間に俗人を割りこませ、秘密を打明ける親密さをこわし、要するに魔法を破ってしまうことになる。それ自身の中に閉じこもろうとする傾向の秘密は、またそれ自身を開こうとする傾向をもっている。つまり秘密は流行と同じようなところがある。流行は、際限なく貧しい階級によって模倣され、他方では際限なく切り捨てられる。秘教的であり続けるためには、メニューや衣装箪笥は新しくされねばならないのである。流行は伝染とその退潮とが交代しあうことであり、模倣は新奇さを追っ払ってしまう。当世風ということは、「前衛」を意味するが、また「画一主義」も意味する。この二重性は、秘密の中にも見いだされる。秘密が重大であればあるほど、それを洩らしたいという誘惑は大きい。唇がやけつくように洩らしたくなり、しかもなぜか知らないが、神秘と周知の間で均衡を保っている、といった秘密がある。だからそのような秘密は、舌の端にさがっていて、禁止にもかかわらず、いつでも洩らしそうになている。世間が社交界になって以来、庶民はスノッブたりのさまざまな秘密を追跡することに、またスノッブのほうは庶民の好奇心をはぐらかすことに時を費やしてきた。しかしそうしたスノッブたちの努力の甲斐なく、洩れてしまう。かれらは絶えず暗号を変えているが、その謎は絶えず解読されている。ちょうどモデル小説において、見えすいた匿名が巷の著名の士であることを隠しおおせないように。他方、科学はあらゆる神秘を次々に脱聖化して行くので、科学から何も隠しておけず、優越性を保つことすらできない。(略)
結論として、秘密はまさに制限しようとする行為によって、逆に結びつけるのであり、秘密における交わりなしには、秘密は存在しない、と言おう。フォーレの不朽の歌曲『秘密』で歌われているように、秘密は、ある人にむかって諾をいうためにのみ、他の人にむかって否というのである。「夜の耳に囁いた名を、朝は忘れてほしい! 昼から聞いた打明け話を、夕方は忘れてほしい!」これが嫉妬深い大恋愛で、その愛は誰かに逆らって愛し、拒否と、きわ立ちと、対照とを必要とする。フォーレの音楽までが、一種の秘密であり、その音楽全体がいわば「弱音器をつけている」。なぜならフォーレの音楽は耳をすませいて聴かれることを、きわめて注意深い魂にむかって語りかけることを望んでいるからである。その音楽が低い声で語るのは、神秘を垣間見ようと待ち構えている魂に知覚され、聴くにふさわしい人々によって傾聴されるためである。(pp.66-69)
ジャンケレヴィッチはジンメルの名前を出してはいないけれど、このパッセージはきわめてジンメル的といえるだろう。ところで、フォーレの「秘密」という曲は聴いたことがないのだった。
今引用した部分の前のパラグラフにある

門外漢とは、秘伝を授かる者がいることを前提としている。秘法があるとすれば、秘密の打明け、つまり信頼関係があることになる。つまり、誰かが知っており、誰かが真理を保管していて、それを誰にも知らせないように監視しているのだが、にもかかわらず、かれはそれを他の人と、また神と分かちあってしまうのである。正真正銘たった一人しか保持していない秘密、こんな秘密はどんなに気丈な人をも病気にしてしまうだろうし、こんな秘密と向きあっていることに、死なずに耐えていられるほど大胆不敵な心の持主が、いったい存在するのだろうか。(p.66)
という言葉もメモしておこう。