消える「イタコ」

『朝日』の記事;


消えゆくイタコ 修行を敬遠・高齢で廃業…今や十数人(1/3ページ)

2010年12月24日17時25分


盲目の女性が死者を呼び寄せる。「口寄せ」と呼ばれる儀式を受け継いできた東北地方の巫女(みこ)が姿を消そうとしている。厳しい修行が敬遠され、福祉政策の充実で生計を立てる手段としての意味も薄れている。自殺者の遺族を癒やす効果があったとされる彼女たちの言動から学ぶことはないのか。国から研究費の助成を受けた大学のチームがその「秘密」に迫る研究に乗り出した。

 目の不自由な巫女は、青森県の「イタコ」が有名だが、それ以外の東北各地にも存在していた。

 秋田「イタコ」、岩手と宮城が「オガミサマ」、山形「オナカマ」、福島「ミコサマ」。近親者を亡くした人たちからの要請で「死者の霊を体に乗り移らせ、言葉を伝える」という儀式が「口寄せ」だ。依頼者のタイプに合わせて定型の口上を使い分けているとの見方もあるが、健康や縁談、商売などのよろず相談にも応じている。いずれも国の無形民俗文化財に選ばれている。

 かつて東北には500人以上いたが戦後、廃業が相次ぎ、秋田、山形、福島県では途絶えたとされる。いまは青森、岩手、宮城県に十数人残っているだけだ。

 遠洋漁業の基地である宮城県気仙沼市唐桑町で「オガミサマ」をしている小野寺さつきさん(85)は14歳の時、病気で視力を失った。20歳から岩手県の巫女の家に住み込みで修行をした後、独立した。この半世紀、海難事故と隣り合わせの漁師町で、「口寄せ」や行方不明者捜しの相談に乗ってきた。多い時には1日に十数人の訪問者があったが、最近は体調を崩し寝たきりになった。

 戦後の一時期まで20〜30代の若い女性も珍しくなかった巫女は今、高齢化が進み平均年齢が70歳を超えている。
http://www.asahi.com/national/update/1223/TKY201012230433.html

日本三大霊山の一つ、青森県下北半島の恐山では年数回の祭事の際、北東北各地から「イタコ」が集まってくる。かつては40人近くが参加していたが、近年は4人だけだ。大半の女性が高齢化で足腰が弱くなり、外出が難しくなってきた。

視覚障害者の環境、変化

 青森県八戸市で63年間、「イタコ」を続けている中村タケさん(78)は「厳しい修行が敬遠され、後継者がいなくなった」と話す。巫女は少女期から師匠役の先輩巫女の家に住み込み、家事をこなしながら技術を習得する。すべてが口伝えで、断食の一種である「穀断ち」や水ごりもある。修行は3〜5年かかり、師匠への「お礼奉公」も義務だ。

 文化庁伝統文化課の石垣悟調査官は「目の不自由な女性を取り巻く環境が大きく変わった」と分析する。巫女は戦前まで、三味線と歌で各地を巡り歩いた「瞽女(ごぜ)」などとともに視覚障害者が社会で生きるための重要な仕事だった。ところが、戦後は盲学校への就学が義務化され、修行を支える徒弟関係が成り立たなくなった。音声ソフトの普及でパソコンへの入力作業が簡単になり、視覚障害者の職業選択の幅も広がってきた。眼科医療の進歩で幼少期の失明も減っている。

■自殺者の遺族を癒やす効果?

 巫女の「口寄せ」を自殺者の遺族支援に役立てられないか――。青森県立保健大学の藤井博英教授(精神看護学)らの研究チームは今年度から調査を始めた。文部科学省から計110万円の科学研究費も交付される予定だ。

 「依頼者に自殺者の遺族が多い」。巫女たちからそう聞かされたのが藤井教授が研究を始めたきっかけだ。「なぜ死なせてしまったのか」と自責の念にかられることが多い遺族に、巫女は「そんなに自分を責めるな」「先に逝ったことを許してくれ」などと語りかける。これが依頼者の気持ちを落ち着かせ、前向きにさせているという。
http://www.asahi.com/national/update/1223/TKY201012230433_01.html

藤井教授は以前、県内の病院に通う高血圧や心臓病などの慢性疾患患者670人に調査したことがある。患者の34%が巫女を訪ねたことがあり、うち8割が「話を聞いてもらって落ち着いた」「心が癒やされた」と答えたという。研究チームは今後3年間で、巫女を訪ねた経験のある自殺者の遺族からも聞き取りを進める。

 藤井教授は「巫女が作り出す非現実的な空間がわらにもすがる思いの遺族を現実に向かわせている。現代医療ではカバーできない問題を解決させる秘密があるのではないか。巫女が姿を消す前にその癒やしのメカニズムを解明したい」と意気込む。(矢島大輔)

■家族の形変容 役割、終わりつつある

 「巫女の民俗学」の著書もある川村邦光大阪大学教授(民俗学)の話 私が育った福島県会津地方では、近所に巫女がいて母親もよく通っていた。庶民にはとても身近な存在だったが、しだいに存在感を失ってきた。かつて客の大部分は女性たちで家庭内の相談が中心だったが、家族の形が変容し、積極的な社会進出を果たした女性たちの悩みも複雑になっている。民衆の心のよりどころとされた時代は終わろうとしている。

    ◇

 〈巫女の口寄せ〉死者の名前や命日などの手がかりを元に、動物の牙や骨のついた数珠を鳴らしながら行う儀式。1回あたり約20分。謝礼として数千円を払う。神社で働く巫女とは区別され、口寄せ巫女や村巫女と呼ばれる。起源は不明だが、江戸時代後期に東北を旅した紀行家・菅江真澄の日記に登場する。イタコの語源は「神の委託(いたく)」とも、アイヌ語の「イタク(言うの意味)」とも言われる。
http://www.asahi.com/national/update/1223/TKY201012230433_02.html

宗教学的・人類学的には「シャーマン」*1ということになるのだろう。記事にある視覚障碍者を巡る環境の変化というのは特に戦後一貫して続いてきたことではある。この手の記事で川村邦光先生のコメントを取るというのは適切なことだが、川村先生は昔、都市化に伴って、こうした女性宗教者が仙台市などの都市部に移動しつつあると言っていた。
「イタコ」という言葉を聴くと、関東の人はどうしても茨城県潮来を思い出してしまうということはある。