「コミュニタス」と「公共圏」(メモ)

承前*1

アジア海賊版文化 (光文社新書)

アジア海賊版文化 (光文社新書)

土佐昌樹『アジア海賊版文化』からのメモ。
この本の理論面におけるハイライトのひとつは、ハーバーマス流の「公共圏」の議論とヴィクター・ターナー*2の「コミュニタス」論を結びつけたことだろう。


文化人類学の歴史のなかで公共圏にもっとも深く関連している概念をあげるとすれば、まずヴィクター・ターナーの「コミュニタス」と「境界性(liminality)」*3を取り上げないわけにはいかない。
それは身分や序列によって秩序つけられた「社会構造」の対極にある、未分化で創造的な人間関係のモデルを指している。学生時代の友人関係や芸術家の型破りの人間関係などが、その手近な例といえる。公共圏も社会構造や共同体に属するモデルというよりは、産業化や都市化の流れのなかでそこから剥離してきた人びとの流動的で平等主義的な関係性を前提にしたモデルであった。いわゆる「伝統社会」においても、そうしたモデルは目立っていないだけで、実は社会生活の重要な一部をなしている。そのことをターナーのコミュニタスはアフリカのンデンブ社会の観察から明らかにしたのである。
ターナーのコミュニタスの概念は、社会を「構造」と同一視する社会科学の伝統への批判である。実際、通過儀礼のケースに典型的に現れるのだが、境界状態において構造の属性である社会的地位や役割は目立たなくなり、かわりに未分化で平等主義的な関係性が支配的になる。どっちつかずの社会的仮死状態である境界性は、全人格的な出会いとしてのコミュニタスを実現する水路であり、構造とは対極的な原理によって社会を創造的に再活性化するモデルである。「無礼講」によって普段の組織の緊張を解きほぐす慣例は、世界中に認められる。社会が複雑になるにしたがって、構造を反転させるような剥き出しの境界性はなりをひそめるようになるが、産業社会においても境界性を受け継いだ「リミノイド」が見られるとターナーは主張する。それは、構造から見た場合の社会にとって、いわば「仮定話法」に属する文化的モデルであり、そうした自由で開かれたコミュニケーション形式を通じて社会は硬直化することを免れているのである。(pp.133-134)

ターナーの主張は、構造機能主義的なモデルに対する批判であり、人間の自由と創造性に根ざしたダイナミックな文化研究の道を切り開いた。こうした主張をあまり図式的に受け取っても、かえってそのダイナミズムが失われることになるが、産業社会への移行期に現れた文化的公共圏を特定の歴史状況における境界性の表れと解釈することで、その意味をより広い文脈から掘り下げることが可能になる。
西洋近代に現れた一回性の出来事でなく、どの社会にも繰り返し現れる弁証法的プロセスとして公共圏の概念を見直し、そのためにコミュニタスやリミノイドの概念を鍛え上げることが、これからの課題として残されている。(後略)(p.135)
ターナーといえば『儀礼の過程』*4ということになるのだろうけど、ここで参考文献として挙げられているのは『象徴と社会』。これはアフリカのンデンブ社会から越境して、聖フランチェスコカトリックにおける巡礼、ヒッピー運動などに「コミュニタス」を探求した書。さらに、ここでハキム・ベイのT.A.Z.(temporal autonomous zone=一時的自律領域)という概念をマークしておくのも唐突ではないだろう。
儀礼の過程

儀礼の過程

象徴と社会 (文化人類学叢書)

象徴と社会 (文化人類学叢書)

T.A.Z.―一時的自律ゾーン (Collection Impact)

T.A.Z.―一時的自律ゾーン (Collection Impact)

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101212/1292124745

*2:See eg. Beth Barrie “Victor Turner” http://www.indiana.edu/~wanthro/turner.htm Meranda Turbak “Victor W. Turner” http://www.mnsu.edu/emuseum/information/biography/pqrst/turner_victor.html

*3:See also C. La Shure “What is Liminality?” http://www.liminality.org/about/whatisliminality/

*4:See also Michelle Powell-Smith “Some Thoughts on Victor Turner's The Ritual Process” http://www.suite101.com/article.cfm/church_history/52100