劉以鬯など

劉以鬯(石剣峰整理)「“張愛玲那時是給日本雑誌写稿”」『東方早報』2010年7月24日


香港文壇の長老、劉以鬯氏(93歳)の語り。劉以鬯氏は上海に生まれ育ち、1940年代末に香港に移住。


我以前住在大西路(今延安西路)愛丁堡路(今江蘇路)那裏、就是愚園路和大西路之間。我那個時候在上海辦了一個出版社、這個出版社就辦在自己家裏。
また、劉氏は毎日午後「国際飯店」*1のカフェに常駐して、作家たちと面会していたという。
張愛玲*2について;

説起張愛玲、我経常去《西風》雑誌投稿、好幾次従門口看到一個女人、那人就是張愛玲。張愛玲那個時候是給日本雑誌写稿子呢、這個大家都不知道。
「左翼作家」或いは「農村小説」について;

我在1940年代的時候、才20多歳、対中国新文学很有興趣。上海的出版社当時出版的大部分是商業小説比如武侠小説、我想做的是純文学出版社。所以那個時候很多中国老作家都願意把作品交給我。那個時候左翼作家都是写農村、我是上海出生、長大、読書和做工的、関於農村情況不了解。看他們的農村小説也没甚麼喜歓的感覚、所以那個時候我喜歓的都是現代派作家、比如穆時英*3、戴望舒他們。那個時候左翼農村小説差不多占領了中国新文学的90%、我怎麼能夠写農村小説?
1940年代末の香港における原稿料は1000字につき3〜4香港ドル。「餛飩麺」1杯が30〜40セント。

また、


石剣峰「大量的張愛玲伝因此需要改写」『東方早報』2010年7月25日


張愛玲の遺産管理人である宋以朗が編集した『張愛玲私語録』が香港で刊行された。これは宋以朗の母親である鄺文美が収集した張愛玲の語録、張愛玲と鄺文美・宋淇夫妻の間のプライヴェートな書翰、張愛玲の幾つかの自筆原稿の影印、3人のプライヴェートな写真を収録したもの。既に1976年に張愛玲語録44句を集めた『私語張愛玲』が刊行されているが、今回収録された語録は301句。宋以朗はこの本の刊行によって「大量的張愛玲伝需要改写」となると述べている。
さらに、張愛玲の書翰を集めた『張愛玲書信全録』が来年から刊行開始される。