笹川良一とその後

Karoline Postel-Vinay & Mark Selden “History on Trial: French Nippon Foundation Sues Scholar for Libel to Protect the Honor of Sasakawa Ryōichi” Asia-Pacific Journal: Japan Focus 17-4-10, April 26 2010 http://www.japanfocus.org/-Karoline-Postel_Vinay/3349


このテクストが書かれた背景を説明すると、2009年3月に日本財団系のFondation Franco-Japonaise, dite Sasakawa (FFJDS)が上のテクストの著者のひとりであるCentre d’Etudes et de Recherches Internationales (CERI-Sciences-Po)の研究委員長(directrice de recherche)で日本研究者のKaroline Postel-Vinayを「名誉毀損(diffamation)」の廉で告訴し、その判決が今年の6月28日に出ることになっている。2008年に「日仏交流150周年」を記念してシンポジウム『日仏外交関係樹立150周年:新たなる協力関係に向けて』が巴里で開催されたが、その資金は主にFFJDSから支出されていた。それに対して、Karoline Postel-Vinayを含む60名の仏蘭西の学者が仏蘭西外務省にそのシンポジウムの後援から降りるよう請願書を提出し、外務省は後援をキャンセルし、その職員にシンポジウムへの参加を控えるよう要請した。FFJDSは請願書に使われている「A級戦犯(criminel de guerre de classe A)」という言葉が笹川良一の名誉を毀損すると主張している。
上のテクストの目的の一つは、笹川良一は無罪となって釈放されたので戦犯ではないという日本財団側の主張への反駁である。たしかに笹川は極東軍事裁判の被告として有罪判決を受けたわけではないので、彼は(東条英機などと同じ意味では)〈A級戦犯〉とは言えない。では、〈笹川良一A級戦犯ではない〉という言明は正しいのか。そうではないと著者たちはいう。たしかに笹川は巣鴨プリズンから釈放されたが、その際にGHQ側は戦犯容疑が晴れたとは一言もいっていない。つまり、彼は法的根拠もなく曖昧な仕方で釈放されてしまった。同じように曖昧な仕方で娑婆に出てしまった重要人物として、笹川のほかに、児玉誉士夫岸信介*1、安倍源基(特高警察の元ボス)の名前が挙げられている。GHQA級戦犯容疑で100人近い日本人を逮捕したが、被告が多すぎて裁判する時間がないという問題に直面した。主席検事のジョセフ・キーナンは、2回目・3回目の極東軍事裁判を開くことを主張したが、1948年になると、ワシントン筋から残りの容疑者たちをA級戦犯からB級若しくはC級戦犯に切り替えるよう指示が出て、そうすると取り調べを最初からやり直さなければならなくなり、現場が混乱するというようなことがあり、そうこうしているうちに釈放ということになった。
テクストの残りの部分の興味深い論点を挙げる。笹川良一は晩年になって、(多分ノーベル平和賞が欲しいという野心のために)そのダークな経歴を(字義的な意味で)ロンダリングして、「慈善家」としての笹川というイメージを日本国内的だけでなく国際的にも構築しようとしていたこと*2。その一環として、1980年代後半以降、笹川良一日本船舶振興会の資金によって、外国にFFJDSを含む系列の財団を設立していったこと。さらに、世界各地の大学に寄付攻勢をかけ、多くの場合それは論争を惹き起こし、寄付を突き返した有名大学も少なかったこと。それから、笹川良一死後の日本財団(或いは「笹川ネットワーク」)について。このテクストを読んでわかるのは、著者たちが(或いは60人の仏蘭西の学者たちが)「笹川ネットワーク」を日本的歴史修正主義の国際的〈大本営〉と見なしているということである。事実、「笹川ネットワーク」は南京大虐殺を否認した東中野修道の著書の英訳を企画し、東中野本のシノプシスを世界の大学図書館に送りつけている。さらに、「笹川ネットワーク」の役員としての曾野綾子渡部昇一*3の話も。
ところで、笹川って、ササガワではなくてササカワなのね。


FFJDSによる告訴を巡る経緯についてはhttp://www.cefc.com.hk/rubrique.php?id=118&aid=480及び某MLで今月中頃に回された文書を参照した。