Social topography

Others

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フォースターの『ハワーズ・エンド*1を論じたHillis MillerのOthers第8章”E. M. Forster: Just Reading Howards End”から少し引用;


Howards End carries on the long tradition of the English novel in its exact specification of the characters’ social placements. Forster tells the reader just how rich or poor the characters are, where their money comes from, what work they do or what professions they follow, what foods they like, what sorts of houses or flats they live in, what servants they have, whether they have country houses as well as houses in London, what their furniture is like, whether or not they have motor cars or travel by underground and train. Trollope’s Ayala Angel, for example, assumes that the reader will have the topography of London and the social meaning of various regions of London and England clearly in mind*2. Trollope can place his characters simply by saying they live in Queens Gate or in Notting Hill. Howards End assumes the same knowledge in its readers when it puts the Schlegels in Hertfordshire or in Ducie Street in London, “close to Sloane Street”(133). Though Howards End, Wickham Place, and Ducie Street are fictitious place name, Hertfordshire, Sloane Street, and Chelsea are not. (…) (pp.188-189)
さらに、

This topographical specificity and the concomitant assumption that the reader will know the sociological meaning of place names make considerable difficulties for an American reader who does not know London and the English countryside. The topographical notations are a shorthand code for what the characters are. If you do not know the code, the meaning will elude you. (p.190)
まあ、逆に、米国のことをあまりよく知らない英国その他の国の読者は、米国の小説を読んで、そこに出て来る(例えば)紐育のイースト・サイドとかサウス・ブロンクスとかクィーンズ*3とかソーホーといった地名の意味に戸惑うことになるのだろうけど。どの国であれ、作家が実在の都市を舞台として小説を書く場合、そこに出てくる地名の社会的・文化的意味、つまりsocial topographyを読者が知っているということを前提にしているとはいえるだろう。そうしたsocial topographyは屡々様々な差別や偏見に塗れたものなのだが、そうした知識を職業生活から学習し、職業生活に利用している人もいる。例えば、警察官とか不動産屋とか、或いは新聞配達とか。
さて、


http://anond.hatelabo.jp/20100128105229
http://anond.hatelabo.jp/20100129222244
(Via http://d.hatena.ne.jp/washburn1975/20100129


最近東京都江戸川区で起きたという、父親に虐待されて死んだ男の子の事件を巡って、「江戸川区(と江東区墨田区荒川区、北区、足立区、台東区大田区)」を「スラム」と呼び、これらは「子どもが殺されるまで折檻されるのが通常化し、「殺された子」の家庭の方が普通に見えてしまう地域」だという。


駅前はパチンコ屋だらけ。就職先もコンビニかファーストフードかスーパーのレジ打ちか、土方かパチンコ屋の店員しかない。ドン*ホーテが親子の憩いの場であり、未来の就職先だ。

朝、人が群がるのはパチンコ屋の前と飯場*4だ。今でも飯場が普通にあるんだぜ?集まった大勢のオッさんたちが、トラックに運ばれて消えていく。
http://anond.hatelabo.jp/20100128105229

なんだって!
これもsocial topographyなのだろう。ここには幾つかの問題があるように思われる。
一つ目は、これらの地域を「スラム」と呼ぶことの是非。或る特定の地域を「スラム」と名指すことは(多くの場合)差別的な所作であり、結果として名指された側のスティグマ化が起こるということがある。勿論、そうした倫理的或いは〈政治的〉な意味での是非は重要である。それを一先ずは括弧に括ったとしても、「スラム」と呼ぶことのplausibilityの問題は残るだろう。「スラム」というと、例えば伯剌西爾の、あの「神の都市」とか『スラムドッグ$ミリオネア』*5の「スラム」とかを思いつくだろう。それらと比べた場合に、「スラム」と呼ぶことが妥当なのかという問題。
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なお、「スラム」を酷い、病理的な場所として構築すること自体に、余所者による上から目線の差別や偏見が関わっているという可能性も無視することはできない。「スラム」が、同郷の人と故郷の言葉で会話ができ、故郷の味付けの料理を食することができる、つまりほっと一息つける、無情な大都会の中の避難所(haven)であるということだってあり得るのだ。
次に、topographyの粗さの問題。田園調布も「大田区」だということでもわかるように、「区」で一括りにするというのはちょっと粗すぎて、ぶっちゃけた話、実用性に欠ける。中上健次の「十九歳の地図」の主人公は新聞配達だけど、もっと細かいtopography=「地図」を持っていた筈。勿論、topographyが細かくなると、下手をすれば個人名まで特定できてしまうわけで、プライヴァシー問題になり、いくら匿名とはいえ、公に語るのは憚られるという良心或いはディセンシーが作動したのかも知れないが。
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最後に、これはsocial topographyとは直接関係ないのだろうけど、児童虐待と社会階層の関係。私が「児童虐待」という社会問題を知ったのは、池田由子『児童虐待』という本によってだったのだが、それによれば、児童虐待と社会階層の相関は特にないということだった筈。最近の研究ではどうなのか。親が金持ちであれ貧乏人であれ、高学歴であれ低学歴であれ、子どもへの虐待は起こりうる。勿論、貧しさ故の、貧しさに特有の〈虐待〉というのはあるだろう。勉強するよりも畑仕事を手伝えとかいって、学校に行かせないとか。また、かつては〈修身の教科書には書いていない親孝行〉というのもあったわけだし(今でも完全になくなったわけではないだろう)。
児童虐待―ゆがんだ親子関係 (中公新書)

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最初の引用文にNotting Hillが出ていたが、『ノッティングヒルの恋人』の最後の方での、季節が早変わりするシーンは好きだ。

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*1:遺憾ながら、この小説も読んでいないし、映画も観ていない。

*2:Trollopeについてはhttp://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091220/1261338187も参照のこと。

*3:映画Julie & Juliaでは、主人公はクィーンズに住んでいたが。See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091217/1261019809

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*4:寄せ場の間違い?

*5:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090612/1244776748 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090721/1248194373