復讐と時間など

承前*1

『毎日』の記事;


元厚生次官宅・連続襲撃:小泉容疑者「一人でやった」供述 ネット株取引で生計

 元厚生事務次官宅連続襲撃事件で、小泉毅容疑者(46)=銃刀法違反容疑で逮捕=が「事件は自分一人でやった」と供述していることが、警視庁と埼玉県警の共同捜査本部への取材で分かった。捜査本部は、小泉容疑者が資金援助を受けたり、携帯電話で連絡を取り合った形跡がないことから、計画段階から単独で実行したとの見方を固めた。ここ数年の生計はネットの株取引だったとみられる。

 捜査本部によると、小泉容疑者は80年代に大学を中退後、コンピューター関連の計4〜5社で正社員として働いたが、いずれも長続きしなかった。3〜4年前に東京都内のコンピュータープログラミング会社を辞めさせられたという。「どうして自分を解雇するのかと抗議してトラブルになったこともあった」(捜査幹部)

 その後は定職がない状態で、豊富なネットの知識などを生かし自宅のパソコンで株取引で稼ぐようになった。調べに対し「生計は株のネット取引で立てていた」と供述しているという。出頭時、ナイフなど刃物10本を所持していたが、ナイフを集め始めたのも、3〜4年前からだった。

 小泉容疑者が数百万円の借金を抱えていたことが既に判明しており、捜査本部は、株のネット取引での損失などから生活費に困り自暴自棄になったことが、最終的な事件の動機につながった可能性もあるとみて裏付けを進める。
 ◇「何で俺をクビに…」コンピューター関連会社に憤り

 「何で俺(おれ)をクビにするんだ」

 3〜4年前、東京都内のコンピューター関連会社を辞めさせられた小泉毅容疑者はこう憤ったという。その後、収入が不安定となり、事件を起こす大きな転機になったとみられることが、警視庁と埼玉県警の共同捜査本部の調べで明らかになった。

 調べでは、小泉容疑者は、定職を失った後、さいたま市の自宅でパソコンを使い、インターネット株取引を始めた。アパートの部屋にこもる生活。もうけが出た時もあったが、損失もあり、収入は不安定だった。それでも、自ら確定申告して、所得税や住民税の控除も申請していた。

 05年11月、自宅近くの歯科医院で治療を受けた。健康保険証を持っておらず、歯科医の勧めで国民健康保険に加入した。小泉容疑者は「金をかけたくないので最小限で治療してくれ」と繰り返した。失業前後とみられる時期で、医療費も抑えようとしたとみられる。

 その直後、タクシーにぶつけられて足をけがしたと主張し、9カ月間、タクシー会社側の負担で治療を受けた。タクシーによる無料送迎は193回計26万円分。保険会社を通じ通院1日当たり4000円の慰謝料を小泉容疑者に支払うことで示談が成立したという。こうした“収入”も生活の糧となっていたらしい。ナイフを集め始めたのもこの時期だ。

 捜査幹部は「結局、挫折感を募らせ、社会に敵意を抱くようになっていったのではないか」とみている。
 ◇段ボール5箱分、捜索で資料押収−−小泉容疑者宅

 埼玉県警浦和署捜査本部は26日、さいたま市北区東大成町、無職、小泉容疑者の自宅アパートを山口剛彦さん夫妻の殺人容疑で家宅捜索して段ボール5箱分の資料を押収した。

毎日新聞 2008年11月27日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20081127ddm041040075000c.html

容疑者を自称する男が桜田門に車で乗り付けたというニュースを聞いて、彼がコイズミと名乗っているということで、一瞬小泉純一郎かと思ってしまった。この小泉なら被害者との接点が大ありだしねと思ったのだが、そうではなく、私と同世代の男であった。
さて、外に出て働いている形跡もないのに、家賃などの滞納もなくきちんと払っているということで、何で食っていたのかというのが謎だったのだが、デイ・トレーディングをしていたのね。上海行きの飛行機の中で読んでいた『スポーツ報知』の記事では、小泉の生業について、井上トシユキという人の推測として、a)「デバッグ」の受託、b)「アダルトDVDのネット販売」、c)原ちゃりによるアダルトDVDの宅配、d)スパム・メイルの送信or出会い系サイトの「なりすまし」というのが挙げられていて、そういうものなのかねと頷いていたのだった。井上さんの推測も外れていたわけだ。
まあこれで、〈テロテロ〉言説も鳴りを潜めるのだろうか。私がメディアにおける〈テロテロ〉言説に違和感を感じたのは、これは殺された方に対しては失礼な言い方かもしれないのだが、役人が殺されたからって特別視してぎゃあぎゃあ言うんじゃねえよということもあったのだ。殺されたのがそこらのホームレスだろうが元事務次官だろうが、被害者の社会的地位とか何とかに拘わらず、同じ殺人事件だというのが〈法の下の平等〉というもんじゃないのかと思うのだ(少なくとも、今年瀬尾佳美を巡って放火を働いた連中*2はこれに賛成する義務があると思う)。『毎日』の記事に従う限り、この事件はまた6月の秋葉原事件*3と同様な仕方で語られていくことになるのだろうか。こちらの方も「誰でもよかった」ようだから。また、株による損失ということで、金融危機*4絡みもありか。
「復讐と時間」というのは、小泉が犯行動機として、子どもの頃に保健所に犬を殺された云々と語っていたというのを聞いて、ちょっと時間がずれすぎ! と思ったことと関わっている。TVのコメンテーターが犬が殺されたくらいで!? とか言っていたが、それは哺乳類を飼ったことがない者の戯言だろう。自分の犬や猫が何かされたらただでは済まさないということ自体は真っ当な心情だろう。しかし、不可解だったのは時間の問題、つまり何故今になって? ということだ。アレントも”On Violence”で論じているけれど、権威の場合は古ければ古いほどいい。老舗とか旧家というのはそういうものだ。それは暴力の場合は逆になる。新しければ新しいほど説得力が増し、時間が経つにつれて説得力は消えてゆく。何を今更! だ。上の記事では、犬の話も保健所の話も出てこない。小泉はもう撤回してしまったのか。また、警察当局も真に受けるのは止めて、「結局、挫折感を募らせ、社会に敵意を抱くようになっていったのではないか」という見解であるらしい。
Crises of the Republic: Lying in Politics; Civil Disobedience; On Violence; Thoughts on Politics and Revolution

Crises of the Republic: Lying in Politics; Civil Disobedience; On Violence; Thoughts on Politics and Revolution

それから、この小泉も「比喩の罪」*5を犯しているということは言っておく。
「報復」といえば、奥田碩である。
『産経』の記事;

厚労省叩きは異常」とトヨタ奥田氏 報復でスポンサー降りる?
2008.11.12 23:54


 トヨタ自動車奥田碩相談役は12日、首相官邸で開かれた政府の有識者会議「厚生労働行政の在り方に関する懇談会」で、年金記録問題などで厚労省に対する批判的な報道が相次いでいることについて、「朝から晩まで厚労省を批判している。あれだけ厚労省がたたかれるのはちょっと異常。何か報復でもしてやろうか。例えばスポンサーにならないとかね」とメディアへの不満をあらわにした。

 奥田氏は同懇談会の座長を務めているが、会合の最後になって突然「個人的な意見だが、本当に腹が立っている」と厚労省に関する報道への不満を切り出し、こうした番組などからのスポンサー離れが「現実に起こっている」と述べた。

 懇談会メンバーの浅野史郎・前宮城県知事が「マスコミは批判するために存在している。事実に反することを言われたら、スポンサーを降りるというのは言い過ぎだ」ととりなしたが、奥田氏は「(マスコミの)編集権に経営者は介入できないといわれるが、本当はやり方がある」と収まらない様子だった。

 懇談会後、奥田氏は記者団に対し「批判はいいが、毎日、朝から晩までやられたら国民だって洗脳されてしまう。改革はしなければいけないが、厚労省はたたかれすぎだ」と語った。
http://sankei.jp.msn.com/life/welfare/081112/wlf0811122357005-n1.htm

Arisan*6に反して、これと小泉の犯行とは関係はないとは思う。
それとは別の深刻な問題があるのだろうと思う。山田厚史「「厚労省叩き」に「報復」とまで言うトヨタ奥田発言をメディアはどうする」(『AERA』2008年11月24日号、pp.86-87)というコラムによれば、(『産経』の記事では省略されているが)記者に対しては、「みのもんた」という固有名を挙げたり、さらに「久米宏の時は自民党が怒って広告を止めるよう大企業に圧力をかけてきた」ということも言っている(p.86)。さらに重要なのは、トヨタが叩かれたのでその「報復」を云々といっているのではないということだ。それならば、勿論不当ではあるが、わかりやすいともいえるだろう。この「懇談会」というのはトヨタとは無関係な「奥田氏個人の仕事」(p.87)なのだ。つまり、奥田は社外の活動を口実にして、トヨタの販売促進活動を妨害しているということになる。トヨタの株主や従業員は自らの合法的な権益を守るためにも、奥田をトヨタから永久に放逐すべきではあろう。