Skin Tradeの問題(続き)

 承前*1
 Tukasamaさんからご紹介いただいたhamahnさんのコメント*2に曰く、


 私は高齢者施設で働いていて、利用者の方から暴力とかセクハラを実際に受けたことはある。一番驚いたのは女性の利用者の方にメガネを握り潰された時だった。どんだけ力があるっちゅーねん。耐えられないくらい不快だと感じたセクハラもある。ただ、ここで出てくる「ケアハラ(暴力)」や「セクハラ」を普通の世間の文脈で捉えたらどうしようもないと思う節もあるのだ。それは介護の現場の場合、脳の障害(痴呆含む)の問題が入ってくるので、介護を受ける側の理解の悪さ・脱抑制が原因で暴力やセクハラが生じていると見られるケースが多々あるから。

 例えば「トイレに行きますよ」と言われている意味がわからなければ、介護される側にとって介護者は「なんかよくわからないけど私のスカートをまくって下着を下ろそうとする奴」という理解になってしまう。介護される側の必死の抵抗の結果が、叩く・かみつく・つねる・ひっかく、といった「暴力」になってしまうというケースがちょくちょくある。だけど現場の職員はそのことをわかっていて働いているので、叩かれたりしても意外とあっけらかんとしているように思う。少なくとも、私の働いているところはそんな感じがある。多分精神科や知的障害者の施設では古くからある問題なんだろうし。今回の引用記事のように、アンケート調査を行えば「ハラスメント」経験率が高い割合で出てくるのは確実だが、ハラスメント発生のデータだけでは不十分な考察しかできないだろうな、と思う。

 わかっていても、叩かれればやっぱり痛いし不快な体験をするのは間違いないので、介護者の置かれたこの状況が良いとは思わないが、「セクハラ」や「ケアハラ」を問題視してどうにかしようと思うより、「セクハラやケアハラを受けざるを得ない」仕事なので、その分給料を上げる等の労働条件を改善する方向で考える方が現実的な気がする。全然儲からないとか介護保険は破綻寸前とか言われる介護の業界では、介護労働者の待遇改善さえ非現実的な案かもしれないが、今回出されたデータが、介護労働者の労働条件改善に繋がって欲しいと願っている。介護業界って心身ともに半端なくハードなのに、給料安いから。

特に後半の、そうだったら、「労働条件」を「改善」しろという意見は全く正当だと思う。ところで、前半で記述されている例って、「ハラスメント」というのかしら?これは事態が深刻でないということではない。痴呆症(最近は「認知症」というらしいけど)の人ですよね。「ハラスメント」が成立する前提として、〈責任能力〉が第三者的に認められるということがあると思う。ここでいう〈責任能力〉というのは、開き直ったり、弁解したり、謝罪したりする能力である。どちらにしても、オリジナルの調査報告も読んでいないし、二次資料もあの通りのベタ記事なので、判断の下しようがない。
 skin trade、念のため辞書を引いたのだが、『リーダーズ・プラス』には載っていなかった。私が初めてこの言葉を知ったのは、ジョン・オニールの著作によってである。クライアントとの身体的接触を伴う仕事というくらいの意味。毛皮の売買ではない。これを拡大解釈してしまえば、モノを相手にする農林水産業や工場労働などを除いて、現代社会における労働は殆どskin tradeであるといえないこともない。そこでは、人間関係はビジネスに還元できない関係に陥る(発展する)可能性がある。それは、ワーカーとクライアントの時間・空間の共有によって、そうなるチャンスがあるということであるが、フレンドリーなpricelessな接客が商品価値になる消費社会がさらにそれを促進しているということがある。私たちはコミュニケーションをする上で、自分の「レリヴァンス体系」と他人のそれが完全に一致していないまでも、そんな大きくはずれていないと思い込んでいるし、この思い込みなしにはコミュニケーションなんてできない。しかし、やはりそれは〈思い込み〉にすぎないのであって、だからこそ、コンビニの店員が客に変なふうに萌えられてしまって、ストーカーされるということもある。だとしたら、そういう可能性に対して、如何に対処するのかということが教育や研修においては必須になってくるとは思うのだけれど、特に福祉関係の学校教育では、まだまだ〈精神主義〉が強いような気がする。現場における「ハラスメント」が今頃になって(ニュース・ヴァリューのあるものとして)取り上げられること自体がその表れなのかもしれない。福祉は営利としてのビジネスには還元できないが、当事者の営みという意味ではビジネスである。なので、福祉に変な〈崇高さ〉が纏わりつけられている限り、「ハラスメント」問題の改善も、さらに「労働条件」の改善も期待できないという左翼的な結論に落ち着く。
 また、この問題に関しては、kmizusawaさんのコメント*3も参照されたし。