安心/不安

原田啓之「拡大する出生前検査」『毎日新聞』2022年11月3日


「母親の血液を採取して胎児の染色体を調べる」「新型出生前診断(NIPT)」*1は不安を回避して安心を得るために行われる。しかし、安心を求めていたのに、不安や後悔に陥ってしまうこともある。


大阪府の女性(37)は次男を妊娠すると「高齢出産」に不安を感じ、インターネットでNIPTに特化するクリニックを見つけた。最も検査項目が多いプランを選んだ。
(略)
結果は「染色体の部分的な重複」というもので、オンラインのカウンセリングで「てんかん自閉症になる」と言われた。つわりで体調が悪い中、思い詰めて大学病院に中絶を申し込んだ。
大学病院の医師は、染色体の重複範囲が少しずれたら特段の症状が出ないタイプであることに気づいた。超音波検査で胎児が無事育っていると説明し、精度の高い「羊水検査を勧めた。クリニックではなかった丁寧な説明に、女性が納得して羊水検査を受けると、結果は医師の予想通り。女性は出産し、次男は元気に育っている。
取材中、女性は「すごく思い出すんです。あんなことしようとしてたんだなって……」と目を真っ赤に腫らした。中絶しようとしたことに罪悪感を抱えていることが、ひしひしと伝わってきた。

もう一人は神奈川県の30代の女性だ。切迫流産のおそれがあったことからNIPTを受けたが、性染色体の1本が一部欠けているという結果に動揺し、産むかどうか迷う自分に嫌悪した。だが、確定検査では陰性。女性はNIPTを受けたことを後悔している。
こうしたトラブルの背景――

NIPTは、日本医学会が実施医療機関の認証制度を運営する。学会は指針で、調べる項目を制度が検証されているダウン症候群など三つに限定。検査の前後に遺伝カウンセリングの実施を求める。
一方。美容皮膚科クリニックなどが、学会の認証を受けずにNIPTを手がける実態がある。血液を採って検査会社に送るだけで気軽に稼げるからだ。
無認証施設は法的拘束力のない学会の指針も守らず、染色体の微細な欠失や重複など数十種類の項目を調べる。指針外の項目のほとんどは、どのくらい正しく陽性と判定できるか国内で検証されていない。指針が認める3項目と比べて、本当は陰性なのに誤って陽性と出る割合が高い可能性がある。大半が産婦人科以外の医師で、出産までフォローすることはほぼない。
前出の2人はいずれも無認証のクリニックを利用し、指針外の項目で陽性となった。NIPTという言葉は知られるようになったが、認証制度の存在はまだ浸透していない。2人がクリニックの宣伝にひかれて受診したのは、無理からぬことだ。