向田邦子「七色とんがらし」(in 『無名仮名人名簿』*1、pp.52-57)
曰く、
先ず、七味唐辛子(七味)を「七色とんがらし」とも呼ぶということを知らなかった。さらに、味噌汁に 七味唐辛子をかけるということも知らなかった。
小さなしあわせ、と言ってしまうと大袈裟になるのだが、人から見ると何でもない、ちょっとしたことで、ふっと気持ちがなごむことがある。
私の場合、七色とんがらしを振ったおみおつけなどを頂いていて、プツンと麻の実を噛み当てると、何かいいことでもありそうで機嫌がよくなるのである。
子供の時分から、七色とんがらしの中の麻の実が好きで、祖母の中に入っているのを見つけると、必ずおねだりした。子供に辛いものを食べさせると馬鹿になると言って、すしもわさび抜き、とんがらしも滅多にかけてはくれなかったから、どうして麻の実を覚えたのか知らないが、とにかく好きだった。少し大きくなり、長女の私だけが、朝のおみおつけに、ほんの少し、七色とんがらしをかけてもいいと言われた時は、一人前として認められたようで、ひどく嬉しかった。(p.53)
向田邦子の「母方の祖父」の好物が「 七色とんがらし」だったのだという。
自分専用のとんがらしの容れ物を持っていて、おみおつけの椀が真赤にあるくらい、かkるのである。見ただけで鼻の穴がむずむずしてきた。とても人間の咽喉を通る代物とは思えなかった。
このとんがらしが原因で、祖父はよく祖母とぶつかった。(p.54)