弁当食べる人たち(向田邦子)

向田邦子「拾う人」(in 『無名仮名人名簿』*1、pp.88-92)


少し抜書き。


今年のお花見は墨堤へ出かけたが、そこでちょっと面白いアベックを見た。
夕暮時で、彼女の手造りらしいお弁当を食べているのだが、二人の場所は大きな臨時のごみ箱の隣りであった。二人とも二十五、六。感じのいい恋人同士に見える。それにしても、ほかに場所はないものかと思ってみていたら、女の方が立ってごみ箱をあさり始めた。あっけにとられて見ていたら、ひとがほうり込んだ折詰弁当の中から、小さなプラスチックの醤油入れを探して、男に手渡している。忘れて来たのであろうが、ひとの使いかけを探して少しも悪びれた様子がない。
大したものだな、私には出来ないな、と思いながら帰ってきた。びっくりしたせいかいつにないことだが*2、肝心のおかずを拝見するのを忘れてしまった。(p.89)
向田さんはカップルではなく「アベック」と言ってしまう世代なんだな。
弁当についている「小さなプラスチックの醤油入れ」。何故か魚のかたちをしているものが多くて、その形状もヴァラエティに富み、これをコレクションしているという人も少なくない。もしかして、「男」はコレクターだったのかも。
その次のパラグラフ;

国電山手線*3の中でアルミのお弁当箱をひろげて食べているひとを見たことがある。太宰治が自殺した年だったと思う。当時としてはそう珍しい眺めではなかった筈だが、今でも忘れないのは、箸代りに万年筆と鉛筆を使っていたせいである。ドカ弁と呼んでいた大きな弁当箱に、足で踏み固めたのか思うほどきっちりと御飯が詰め込まれていた。おかずは何だったか覚えていない。男は無表情に箸(?)と口を動かし、吊皮にブラ下った乗客は黙って口許を覗き込んでいた。(pp.89-90)
この次の、

車内のビロードのシートが、あちこち細長く切り取られて色の違う布で補綴されていた。車内にも窓の外にも美しい色彩や音楽はなかったような気がする。(p.90)
という短いパラグラフが醸し出す何とも言えない余韻。

*1:Mentioned in https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/05/14/024631 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/05/27/135615 https://sumita-m.hatenadiary.com/entry/2022/05/30/141935

*2:「人がお弁当を食べている。/おかずを覗き込まずに通り過ぎることが出来たら偉い人だと思うが、私は絶対に駄目である」(p.88)。

*3:時代からいって、ヤマノテセンではなくてヤマテセン。