311の大貫妙子

承前*1

加賀直樹「源流の人 第5回 大貫妙子」『本の窓』(小学館)399、pp.8-14、2020


曰く、


(前略)空気、水、食料さえあれば、生きていける――。漠然と抱き続けてきた思いが、確信に変わった日があった。二〇一一年三月十一日。
仕事帰りで横須賀線に乗り、自宅へ向かう途中だった。車両や電柱が激しく揺れ、急ブレーキ。見知らぬ駅で降ろされ、どうにか辿り着いたビジネスホテルは満室だった。ロビーの小さな椅子で一夜を明かすことに。そして、テレビに映し出された巨大な津波が街を飲み込んでいく様子に、大貫は言葉を失った。深夜近く空腹を覚え、向かったコンビニで、たった一つ棚に残されていたのは即席カレーヌードル、お湯を自分で注ぎ、ホテルロビーに持ち帰り、蓋をあけるとロビーにカレーの匂いが漂い始め、慌てて玄関を出て寒空の下でそれをすすり、大貫はこう痛感した。
「お金なんて、いくらあっても、何の役にも立たない。モノが無ければ何も買えない」(pp.10-11)
勿論東北現地の人や、常磐線で東京に帰る途中で地震津波に遭遇した彩瀬まるさんの経験とは(『暗い夜、星を数えて』)比べることはできないのだが、東京近郊に住む少なからぬ知人が上の大貫さんのような経験を余儀なくされたということを知って、ちょっと驚いたことがあったのだ。