麒麟児

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元関脇・麒麟児さん死去 67歳 多臓器不全 「花のニッパチ組」として人気誇る
4/13(火) 17:52配信


スポニチアネックス


 大相撲の元関脇で、猛烈な突っ張りで知られた麒麟児(きりんじ、本名垂沢和春=たるさわ・かずはる)さん*1が3月1日、多臓器不全のため自宅で死去した。67歳。千葉県出身。日本相撲協会が13日、発表した。葬儀・告別式は家族葬で執り行われた。

 糖尿病と腎臓を患っていた。相撲協会関係者によると、2015年夏ごろに頭部の腫瘍摘出手術を受けた影響で顔面にまひの症状が残り、体調が悪かった。

 北の湖、2代目若乃花ら実力派がそろった昭和28年(1953年)生まれ。「花のニッパチ組」の一角として人気を誇った。

 67年夏場所二所ノ関部屋から初土俵を踏み、74年秋場所で新入幕。幕内に通算84場所在位した。三賞受賞は11度。感情豊かな人柄も人気を呼んだ。88年秋場所限りで引退。年寄北陣を襲名し、18年3月に日本相撲協会を定年退職していた。通算成績は773勝792敗34休。
https://news.yahoo.co.jp/articles/2d77e4c14c0351819052fcfe79b06ae47956e27a

実をいうと、「麒麟児」ということで真っ先に想起するのは、2010年に他界した大麒麟押尾川親方)*2が1970年まで名乗っていた四股名としてであり、要するに、大麒麟の方がこの麒麟児和春よりも印象が強いのだった。多分、これは世代の問題だろう。こちらの麒麟児が幕内力士として本格的に活躍し始めたのは大麒麟の引退と軌を一にしている。また、角力のスタイルも全く違っていた。
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