こんなところで跨ぐのか

枝久保達也「文字通りの通勤地獄―中央線から放り出され神田川に落ちて死んだ人の話」https://rail-to-utopia.net/2018/03/598/


電車のドアが外れて、乗客が転落してしまうということが、敗戦直後には屡々起こった。そもそもドアのない電車も走っていた。1946年6月4日に中央線の東中野―大久保間で電車のドアが外れて乗客が転落したという事故では、転落した乗客は「神田川*1に溺れて、水死した。こんなところで神田川は線路を潜ってるんだ! と一瞬驚いた。神田川は目白―高田馬場間で山手線と交差した後は、源の井の頭池まで国鉄の線路は潜らないものと思っていた。また、東中野―大久保間はもう何百回或いは何千回と乗っている筈なのだが、当然のことながら、神田川を越えた! と意識したことは全然なかった。