石川達也「メスに男性器?そこから出産!? ブチハイエナのリスクしかない進化」https://withnews.jp/article/f0180413000qq000000000000000W06w10101qq000017106A
世の中、「ブチハイエナ」で盛り上がっているらしい。
大渕希郷氏(「どうぶつ科学コミュニケーター」)*1によると;
ブチハイエナって、メスにもペニス(偽だけど)があって、タマタマ(脂肪の塊だけど)もあって、しっかり勃起もするらしい。驚くことにそのペニスは産道が飛び出たというイメージなのか出産はそのペニスから子供が生まれ出てくるらしい。うわぁぁっと思って股間おさえたよ。 pic.twitter.com/jQBbaPcLJa— 川崎悟司 (@satoshikawasaki) 2018年3月23日
https://twitter.com/satoshikawasaki/status/977171477987389441
「平均で17センチ」なんて、俺のより長い! と嘆いている人間の雄も少なくないのでは?
この男性器のようなものは、実は、オスの男性器(陰茎)に相当する陰核が変化したものです。ブチハイエナはこのように陰核が発達していて、「擬陰茎」と呼ばれています。オスと同じように尿道も通っていて、長さは平均で17センチほどです。
長すぎる産道としての機能と、それによる母子へのリスク;
初産の60%は死産になるのだという。
そして、擬陰茎は産道を兼ねており、赤ちゃんはこの細い擬陰茎を通って生まれてきます。赤ちゃんは1.5キロほどの大きさです。出産時には擬陰茎の太さが2倍ほどになるとはいえ、あまりに産道が細すぎます(上記写真の擬陰茎は直径3〜4センチほど)。赤ちゃんが産道を抜けて出てくる時には、擬陰茎は裂けてしまうそうです。母親の20%は、初産の傷が原因で死に至ります。
また、産道が長いのも特徴です。
ブチハイエナと同じくらいの体格の哺乳類の場合、子宮から外界までの距離は30センチほど。一方、ブチハイエナは擬陰茎を通るため、その距離は倍の60センチ。それなのに、へその緒は12〜18センチほどです。
なので、赤ちゃんは、胎盤を引きずって出てくるか、へその緒が切れた状態で生まれてきます。へその緒が切れると、赤ちゃんは無酸素状態となるので、死産のリスクが高まります。
雌の「擬陰茎」は「陰核」すなわちクリトリスが肥大したものだというのは納得。そもそも雌(女)のクリトリスと雄(男)のペニスは等価である。因みに所謂女子割礼(クリトリス切除)は世界的に非難の対象となっているが、その文化的慣行を持つ、西アフリカのマリのドゴン族はそれを以下のように意味づけている;
(前略)ドゴン族の間では男女とも両性具有として誕生すると考えられ、男子の包皮は女性を、女子の陰核は男性を象徴すると見なされる。したがって成年式における割礼はそれらを切除することによって完全な男性、女性へと転換するものにほかならない。(田辺繁治「割礼」、今村仁司編『現代思想を読む事典』、p.130)*2

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ブチハイエナは完全なメス優位社会で、群れ同士の戦いや狩りもメスがおこないます。そのため、攻撃性を誘発する男性ホルモンが多く出て、メスの生殖器の外見もオス化してしまった、という説明です。同じくメス優位社会を形成するワオキツネザルも擬陰茎を持っています。
昨年の「イグ・ノーベル賞」の対象となった「トリカヘチャタテ」とは違って*3、プチハイエナの場合はあくまでも「擬陰茎」であって、生殖器としては機能しないわけだ。
交尾のときは、メスが擬陰茎をお腹に引っ込めて、一時的な膣を作ります。ほとんどの動物の交尾は、メスに主導権があります。しかし、ブチハイエナの場合には、物理的に擬陰茎を引っ込めないと交尾ができず、「完全に」メスに交尾の主導権が与えられています。
何故、このようなリスキーな出産のメカニズムが淘汰されずに残っているのか;
「進化」を目的論的或いは功利主義的に還元する、常識に照らしても分かりやすく、またレイプの存在*4や新自由主義的な競争社会を正当化するのにも用いられたりする説明方法が破綻しているということだろう。また、「進化」と進歩の混同も。「適者生存」ではなくラッキーな奴が生き残るという木村資生の〈分子中立説〉が再び注目されなければいけないのではないかと思う(Cf. 『生物進化を考える』)。
初産の60%が死産、母親も初産の傷が原因で20%が死んでしまう――ブチハイエナは、一体なぜ、こんなリスキーな出産方法をとるのでしょうか?詳しいことは解明されていませんが、大渕さんは「種が絶えるほどの変異でない場合、その変異は進化の過程で残ることもある」と話します。
進化とは「世代を積み重ねての遺伝子の変化」と説明できます。遺伝子の変化は完全にランダムであり、そこに意図は働きません。変異も種にとってプラスになるものばかりではありません。
淘汰されるほどの変異でない場合、たとえば致死的な変異でなければ集団内に広がる可能性はあるのです。大渕さんは「意図を考えるとおかしい進化もある」と話します。
擬陰茎を通る細い産道から出産するという生態は、傍から見ればリスキーですが、ブチハイエナにとっては「大変だけど、そこまで大変じゃない」のかもしれません。

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プチハイエナの雄は結局(普通という意味での)ノーマルな交尾を行うわけだ。疑似的なのを含めて膣を持っていないので。さて、私は時々実現不可能な性的妄想をすることがある。それは挿入される快楽を経験したいということ*6.。そのためには、疑似的なものであれ膣がなければいけないのだが、女性も(プチハイエナのような)「擬陰茎」があれば〈挿入する快楽〉を経験することができる、とか。
*1:http://www.sky.sannet.ne.jp/masato-oh/
*2:Cited in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060120/1137726992
*3:See 森本未紀、小堀龍之「雄と雌「逆転」の虫を研究、日本人らにイグ・ノーベル賞」http://www.asahi.com/articles/ASK9G5GKJK9GULBJ00Y.html Cited in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170915/1505498717
*4:See Sharon Begley “Don’t Blame the Caveman” Newsweek June 29 2009, pp.42-47 Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090624/1245863553