ベンヤミン/花田/好村

遊歩者の視線―ベンヤミンを読む (NHKブックス)

遊歩者の視線―ベンヤミンを読む (NHKブックス)

好村冨士彦「ベンヤミンとの出会い」(in 『遊歩者の視線 ベンヤミンを読む』NHKブックス、2000、pp.208-233)からメモ。


私がベンヤミン*1のような文体に出会ったとき、臆せず何とか読みこんでゆけたのは、日本語で花田清輝*2のような批評家の作品を読んでいたからである。彼の文章の人の意表をつく論理展開、衒学的とも見える博識底を知らぬ古今東西の作品や言説の引用、ひとつのテーゼからそのアンティテーゼへの急転、目のくらむような華麗なレトリックなどに親しんでいたおかげで、私はベンヤミンの文体や表現にさほど驚くことなくついてゆけた。(p.231)
また、

この花田清輝の存在を知ったのは私がまだ十八歳のときで、当時私は広島のサナトリウムに入っていた。そこで知った『原爆詩集』の詩人、峠三吉の指導を受けていた「高原詩の会」に属し、稚拙な詩などを発表し、文学書を読みふけっていた。私と同じ病棟の重症患者用の二人部屋に、橋川敏男という、私より六歳上の青年がいて、私と同じ「高原詩の会」のメンバーで、アラゴンをもじった荒川厳夫のペンネームで詩を書いていた。彼は私が後に私淑することになる橋川文三の弟で、東京にいる兄のことを「兄貴が、兄貴が」と尊敬をこめながらよく語っていた。彼は真面目な共産党員で、食糧難の時期に無理な活動をしたのがたたって重傷の結核となり、再起は難しいことを覚悟していた。彼の書見台にはいつもナウカ版の『ドイツ・イデオロギー』がかかっていた。彼はこれを死ぬまでに読み終わりたいといっていた。彼は一九五四年に二十八歳で没した。
彼とは文学から思想、さらには人生問題にいたるまで、さまざまな問題を議論しあった。その中で、彼は私に、「君は共産党に入らないか」と言った。私は、「党に入ると皆紋切型の言葉しか吐かなくなり、世界観も浅薄に仕切られた地図のようになってしまうからいやだ」と断った。すると彼は「共産党」にも花田清輝のような文学者がいるのだから、君の批判は必ずしも当たらないよ。花田を読んでごらん」と言った。私はちょうどその頃『新日本文学』(一九五二年三月号)に載っていた花田清輝の「『共産主義者』ホセの独白」を読んだ。(峠三吉新日本文学会の広島支部長の役を受けもっていて、彼のすすめで私は患者の何人かと共同で『新日本文学』を購読していた。)
まずエッセイの初めに歌劇『ディアボロ』のアリアの一節をエピグラムとしてつけているのが粋に映った。(これもベンヤミンがよく使う手である。)この中で花田は小田切秀雄林達夫の『共産主義的人間』という著書*3を比較して、共産主義者を「皮膚はすべすべしていて眼はパッチリしていて、唇の形は端正で、等々」の「仲人口」で理想化する小田切アラゴンに対して、共産主義の欠点を洗いたてている林達夫の方を評価しているので驚いた。ただ対話形式の錯綜する論旨に眩惑されて、花田の言いたかったことがズバリ何なのかよく分からなかった。(pp.231-232)
夭折した橋川敏男。もし長生きしたとしても、花田清輝がそうだったように、共産党を追放されたりして、けっこう辛い人生を余儀なくされただろうということは想像に難くない。
なお、この本には「ベンヤミン花田清輝」という文章も収録されている(pp.201-207)。

*1:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050630 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050711 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050718 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050808 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050817 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050831 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060225/1140889290 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060311/1142049942 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060806/1154842237 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061107/1162865739 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20061228/1167319165 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070214/1171428168 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070510/1178806929 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070713/1184310872 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20071024/1193246772 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080131/1201781124 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080612/1213282824 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090221/1235199344 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090621/1245560888 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090729/1248893927 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090930/1254288521 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091110/1257827687 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100208/1265604753 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100714/1279082185 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101027/1288193201 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101106/1289067340 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110217/1297882488 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20110603/1307072747 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120121/1327109440 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130710/1373467332 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131129/1385742510 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160125/1453694119 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160808/1470623754 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170511/1494472991 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170525/1495727542

*2:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090810/1249904638 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100130/1264834811 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100222/1266811576 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100802/1280764755 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120316/1331898804

*3:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090804/1249353677