当時「新」はなかった

プラトンプロティノスライプニッツスピノザの差異というのは微妙だ」*1

出村和彦『アウグスティヌス 「心」の哲学者』によると、アウグスティヌス*2の基督教への改宗の契機のひとつとして、ミラノの文人マンリウス・テオドルスから借りたプロティノスの『エンネアディス』を読んだことがあった(pp.46-47)。少し引用;


(前略)彼[アウグスティヌス]の哲学の知識は、ラテン語で書かれたキケロやウァロの教科書の中にある諸々の学説や、せいぜいセネカだけで、ギリシア語で書かれたプロティノスの新思想は勉強したことがなかったのである。ただ、アウグスティヌスの評価すべきところは、生半可な知識を仕入れて分かった気になって知識人として器用に立ち回るのではなく、自分自身のことばで身をもって理解するところまでテクストと自己の問題を反芻していく点にある。
プロティノスは超越的で根源的な「一者」から「知性」、「魂」そして物質的なものへという段階的な存在を措定する。「一者」からは、あたかも光が広がるようにその善性と存在性が流れ出し、より下位の「魂」や物体まで波及する。他方、可変的で物質的な買いの物体や「魂」は、より不変的で純粋な「知性」を経て、「一者」との合一へと還帰していくという体系的な思想像を編み出していた。
プロティノスプラトン(前四二七−三四七年)の対話篇を彼独自の仕方で咀嚼し、新たに展開した思想家として、哲学史では「新プラトン主義」の人と位置づけられているが、当時は単に「プラトン派」と呼ばれていた。(pp.47-48)

アウグスティヌスプラトン派の書物から読みとったのは、自己の内面性という空間であり、外から内へ、そして上へと、「心」という内面に立ち返って、そこから超越する創造神へと心を向け変え、立ち上がる導線を引くことであった。(p.50)
アウグスティヌス――「心」の哲学者 (岩波新書)

アウグスティヌス――「心」の哲学者 (岩波新書)

アウグスティヌスは、まだミラノではなく羅馬にいた頃、「アカデミア派」に傾倒していた(pp.28-29)。「アカデミア派」は古代懐疑論の主要な潮流の一つだが、その名の通り、プラトン主義の成れの果てである(笑)。プラトンの死後、その学園(アカデミー)はプラトン主義とは対極的な懐疑論の拠点と化してしまった。ただ、やはりプラトンの思想の中に「懐疑論」的な種が含まれていたということも言えるのだろうか。「アカデミア派」を含む古代懐疑論については、アナス&バーンズの『古代懐疑主義入門』をマークしておく。
古代懐疑主義入門――判断保留の十の方式 (岩波文庫)

古代懐疑主義入門――判断保留の十の方式 (岩波文庫)