処女か娼婦かという罠、など

従軍慰安婦」問題*1、特にこのところ炎上中の「少女像」問題には全然言及していなかったのだ。まあ、日本政府や極右が何故あのように噴火しているのか、理解できないということはあるのだが。


김명인「少女像、その「不便さ」について」http://www.huffingtonpost.jp/myoungin-kim/girls-statue_b_14276834.html


曰く、


ソウルの日本大使館前に続き、釜山の日本領事館前にも「少女像」が建てられた。その「少女像」が、日本の植民地時代末期のいわゆる「大東亜戦争」時代に、日本軍の性的奴隷として連れていかれた「従軍慰安婦」を象徴する造形物だということを知らない人はいないだろう。韓国だけでなくアメリカにも建てられており、日本政府はこの象徴的な造形物に神経質な反応を見せた。また、その反応が高まるほどに「保護」されるべき理由はさらに強くなり、結果的にこの造形物は従軍慰安婦に関する記憶闘争が繰り広げられる「ホットスポット」になってしまった。

私はこの「従軍慰安婦」という歴史的事実の存在を絶対に忘れてはならないという、「記憶派」の一員であることは間違いない。しかしこの「少女像」に関して、日本政府や一部の日本人が感じるのとは異なる意味で、ある「不便さ」を感じている人々がいなくはないということを知っている。私もやはりその感触を共有している。この不便さとは適切なものだろうか? 敏感な問題だが、避けて通れる問題ではない。


すべてではないとしても、日本の帝国主義者らが植民地の未成年の女性を、この醜悪な性暴行制度の犠牲として動員したのは明らかな事実だ。まさに「少女慰安婦」だ。成人女性だったとしても、仮に自発的だったとしても、また極端に言えば一種の売春だったとしても、女性が男性軍人の性欲解消のために制度的に動員されるのは残酷で野蛮なことだ。よって、まだ人格的にはもちろん性的にも自己決定権が十分にあるとはいえない幼い女性を強制的に動員して性奴隷にしたという事実は、普遍的な憤りを呼び起こすのに十分な事実に違いない。

したがって「少女慰安婦」は、日本によって実行されたこの性的搾取制度の野蛮さと醜悪さがもっとも象徴的にわかる出来事だ。そうした点で今日のこの「少女像」は、あえて日本だけに限定されない、すべての醜悪な戦争犯罪の非人間性を想い起こさせる造形物として意味があるといえる。

しかし、この「少女像」が否応なしに呼び起こす「凌辱された純潔な少女」というイメージは、戦争犯罪者の罪を問うための象徴だけではないという問題がある。このイメージはよく、植民地で収奪されたり敗戦したりした特定民族(国家)の不幸な状態を置き換えて、「民族主義」という非理性的な幻想を捏造するのにも適した象徴性を持つ。敗北したり侵略されたりした民族を、蹂躙された女性に置き換えて反撃の内的動機を作りだすのは、一次元的な民族主義によくある感性戦略といえる。

そしてこのような形の民族主義はもっぱら敵愾心や攻撃性ばかりを誘発し、「我と非我の闘争」流の原始的・民族主義的競争に人々の目をくらませるのにもってこいだ。

さらには、女性に対する固定観念―弱く保護されるべきであり、純潔でなくてはならず、他の「奴ら」が触れてはいけない非自律的で受動的な存在―という、男性優位的な観念を再生産する、もう一つの象徴性も持っている。この点がまさに私も共感する、「少女像」が与える不便な感じの根拠だろう。

たしかに、韓国に限らず、ナショナリズムはネーションを、innocent(無垢=無罪)な者として表象する。それだけでなく、か弱い、ナショナリストの保護が必要な対象としても。また、日本の極右は「従軍慰安婦」を売春婦として罵る。それに対抗しての「少女像」であるかも知れない。しかし、その場合、フェミニズムによって常々批判されてきた処女と娼婦に二極分解する女性表象に陥ってしまうことになる。
このような表象の罠を指摘し、新たな、より普遍的な展望を垣間見させているという点で、興味深いテクストだと思った。
この「少女像」問題を巡って、私の琴線に引っ掛かったテクストは、今のところ、上掲のキム氏のもののほか、以下の2本である;


山口浩*2「「少女像」を日本人の手で作ってみてはどうか」http://www.huffingtonpost.jp/hiroshi-yamaguchi/comfort-women-statue_b_14175322.html
山口一男*3「愛と脅しの経済と政治−米国と日本の最近の政策考察」http://www.huffingtonpost.jp/kazuo-yamaguchi/politics_and_economy_b_14097586.html

*1:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050601 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050809 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060529/1148917245 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060916/1158376607 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070316/1174066719 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070326/1174919208 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070327/1175009584 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070423/1177294758 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070705/1183661994 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080130/1201705768 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20090419/1240150549 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20091217/1261074876 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20100826/1282799908 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130503/1367548523 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130514/1368501019 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130528/1369714773 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130601/1370089865 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130625/1372115074 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130703/1372866144 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130720/1374342477 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130724/1374640501 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130910/1378829609 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20131027/1382840942 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140726/1406364098 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140914/1410710586 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140924/1411533872 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20140928/1411872266 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141107/1415294722 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20141223/1419349780 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150217/1424186502 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150224/1424797790 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150520/1432144396 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20151129/1448815193 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20151231/1451583479 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160420/1461119133 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160622/1466566034 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170102/1483336796 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170118/1484709386

*2:http://www.h-yamaguchi.net/ See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070206/1170781404 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130509/1368112826 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130614/1371219310 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130617/1371461484 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130618/1371518971 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20130719/1374200866 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20150608/1433781907 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160407/1460055338

*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20160323/1458704349