1980年に来ていた!

朝日新聞』の記事;


中国首相と王選手、幻の始球式 後楽園で検討、警察NG

杉崎慎弥

2017年1月12日17時54分

 「観衆5万人の始球式に王(貞治)選手がバッターボックスに立てば舞台効果も満点――」。1980年5月の華国鋒(ホワクオフォン)・中国首相来日の際、友好ムードを盛り上げようと東京・後楽園球場の巨人―大洋戦で華氏の始球式が検討されていた。12日の外交文書公開でわかった。

 当時の外務省中国課長がまとめた内部文書で、狙いを「できるだけ多くの国民の前に華国鋒なる男をつれ出す」と説明。駐日中国大使に「周恩来(チョウエンライ)や蠟小平(トンシアオピン)と違い日本で誰も知らない。この人を売り込まなければだめだ」と伝えたともある。

 国交回復による70年代の友好ムードをしぼませまいと知恵を絞ったが、警察当局はNHKホールでの演説ですら「3400人の入場者チェックなどできない。半数程度に」と警備にピリピリ。始球式は「『外務大臣の辞表をもつて来い』との大変な剣幕に会い沙汰やみとなつた」と記している。(杉崎慎弥)
http://www.asahi.com/articles/ASK1D4S90K1DUHBI02F.html

そもそも華国鋒*1が1980年に訪日したということを忘れていた。
1980年というと、1979年末の蘇聯によるアフガニスタン侵略の開始、米国主導でのモスクワ・オリンピックのボイコットなど、米蘇冷戦が再び熱くなっていった時期であり、中国の御機嫌を取ることは西側諸国にとっては重要な課題であったということはいえる。