「おたく」と村上春樹

10年前に、


ところで、(ある人間のカテゴリーを指示する言葉としての)「オタク」が一般世間に流通し始めたのは、やはり1990年代前半ですよね。宅八郎とかを通じて。私はずっと「オタク」というのは、中高年の主婦が近所の家を指示したり、サラリー・マンが取引先を指示したりする言葉であって、自分にはあまり縁のない言葉だと思っていた。カテゴリーとしての

「オタク」という言葉を知り始めたばかりの頃、ある(当時)40代の大学の先生から、オタク、この問題についてどう思いますかと尋ねられて、it’s coming!というか、もしかしてこの先生って、例の「オタク」?と思って、どぎまぎしたのだが、この先生は「オタク」性の全くない人で、私を呼びかけた「オタク」というのも、従来的というか大人言葉としての「オタク」だった、さらにいえば(社会学者なのに)カテゴリーとしての「オタク」というのをどうも知らなかったらしいというのは後で判明。
http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20060418/1145330536

と書いたのだった*1
さて、村上春樹が1980年代に二人称代名詞としての「おたく」を翻訳の中で使っていたことに気付いた。レイモンド・カーヴァーの短篇「出かけるって女たちに言ってくるよ」(in 『ぼくが電話をかけている場所』)。幼馴染の「ビル・ジェイミソン」と「ジェリー・ロバーツ」が「玉突き」屋に行くシーン;

(前略)
「まだつぶれもせずにあるや」とジェリーは言って、「娯楽センター」の正面の砂利敷に車をとめた。
中に入る時、ビルがジェリーのためにドアを押さえてやった。ジェリーは通りぎわに、ビルのみぞおちに軽くパンチをくれた。
「ようよう」とライリーが声をかけた。
「よう、久し振りじゃないか」
ライリーはそう言ってカウンターの後から出てきた。がっしりとした男だ。アロハ・シャツの裾をジーンズの上にたらしている。
「御機嫌にやってる?」
「ああ、喉がカラカラさ。オリンピック*2を二本くれよ」とジェリーが言い、ビルに向ってウィンクする。「ライリー、あんたも元気かい?」とジェリーは言う。
ライリーは言う。「おたくこそ何してたんだよ。いったいどこで何やってたんだ? どっかで女遊びでもしてたのかい? この前あんたに会ったときゃさ、ジェリー、おたくのかみさんが妊娠六ヵ月の時っだったよな」
ジェリーはそこにつっ立ったままちょっと目をしばたかせた。
(後略)(pp.28-29)
『ぼくが電話をかけている場所』が単行本として上梓されたのは1983年、文庫版は1986年。

*1:改行がおかしいけれど、そのままにした。

*2:麦酒のブランド。http://olympia-beer.com/