西西(メモ)

石剣峰「西西 她譲文学成為香港的驕傲」『東方早報』2011年7月29日


「香港書展(Hong Kong Book Fair)」*1にて「年度作家」に選ばれた*2香港の女性作家、西西について。西西が日本で知られているかどうかは知らないが、彼女は香港のみならず中華圏を代表する作家のひとりであり、王徳威氏*3は「因為西西、文学足以香港的驕傲」と述べている。


在香港、很多人従教科書上読到西西的作品、然後一直看了幾十年。而在台湾、很多読者都把西西当作台湾作家、因為她的作品在台湾比香港可能更能受歓迎。而在内地、西西的小説才開始慢慢全面引進。対内地読者、她有点陌生。
因みに、Wikipediaには”Her works are popular in Taiwan and mainland China.”と書かれているが*4、彼女の作品が中国内地で初めて刊行されたのは2010年である*5
西西は本名を張彦といい、1938年に上海に生まれた――

”我住在大西路、也就是後来的延安西路美麗園那裡。以前去的時候、房子都在、後来延安路高架拆掉了。”
1959年に香港に移住。1970年代後半に早期退職するまで小学校教師をしながら執筆活動を続けた。代表作は「像我這様的一個女子」(短篇小説、1983)、『哀悼乳房』(1992)、『我城』(1999)、『飛氈』(2005)。また、最近の著作として、『縫熊志』と『縫猿猴志』(エッセイ)。彼女は乳癌を患い、『哀悼乳房』はその経験をベースに書かれたが、その際の放射線治療の副作用で右手の神経が麻痺し、そのリハビリテーションのために縫いぐるみ作りを始めた。最初は熊、次いで猿猴。その他、彼女の活動として特記すべきは、1960年代における映画・TVドラマの脚本家としての活動と1980年代における文学雑誌『素葉文学』の編集者としての活動。