ウルフ・グラス・カニンガムなど

承前*1

めぐりあう時間たち [DVD]

めぐりあう時間たち [DVD]

The Hours

The Hours

梁文道「為一部小説配楽」(in 『噪音太多』*2、pp.6-7)


映画The Hours(邦題『めぐりあう時間たち』)*3のMichael Cunninghamによる原作小説を読んでいないことを悔やんだ。Michael Cunninghamはフィリップ・グラスのファンで、The Hoursはフィリップ・グラスの曲を聴きながら書かれた――「心裡飄浮的也是格拉斯那反反復復、綿延不絶的曲調」(p.6)。Cunninghamがグラスにインスパイアされて小説を書き、それが映画化され、その映画のためにグラスが新曲を書いた。さらに、Cunninghamはグラスのサントラを聴きながら、脳内に新しい小説の「雛形」が思い浮かんだという(p.7)。
さて、The Hoursは日本では『めぐりあう時間たち』になっている。中国内地では映画は『時時刻刻』と訳され、小説の方は香港では『此時此刻』、台湾では『時時刻刻』と訳されているが、梁文道は『時刻』と訳すべきだという(p.6)。この物語の真の主人公はヴァージニア・ウルフとその『ダロウェイ夫人』(そして、『ダロウェイ夫人』によって運命的にその人生を変えられてしまった2人の女性)であるが、ウルフは『ダロウェイ夫人』をThe Hoursというタイトルの下で書いていた。梁氏曰く、


在伍爾芙筆下、多洛維夫人的那一下午雖然就只是一個下午、但却因為意識的紛紜多変和世事的空白虚無、彷彿漫長得如同一生。時刻、這一刻就已経是永遠了。(ibid.)
ダロウェイ夫人 (角川文庫)

ダロウェイ夫人 (角川文庫)

ところで、Michael Cunninghamが書きながら聴く音楽によって、それが文章のサントラとなり、様々に違った文章のリズム感が生まれてくるという。それに対して、梁氏は、Cunninghamはグラスを聴きながらグラスのような文章が書けるけれど自分はバッハを聴きながら書いてもバッハのような文章は書けないという。また、読むことと聴くことの関係は? 例えば、毛沢東を読みながらテレサ・テンを聴いたらどうなるか(ibid.)。因みに、今スザンヌ・ヴェガClose-Up Vol 2: People & Places*4を聴いている。
Vol. 2-Close Up: People & Places

Vol. 2-Close Up: People & Places