ケッショクジドー

承前*1

東京新聞』の記事。文中に「県内」とあるのは埼玉県内ということ;


給食ない夏休み怖い 保健室で衣服洗濯も 養護教諭の見た子の貧困

2009年12月22日

 シャンプーやリンスを用意し、風呂に入れない生徒を学校の保健室で洗髪−。学用品費などの就学援助を受給する小中学生が昨年度は県内で六万人を突破したが、学校現場では「衣」や「食」にも事欠く事例が増えているという。県内の中学校に勤める養護教諭金子由美子さん(53)は、九月に出版された「子どもの貧困白書」(明石書店)で「保健室から見る子どもの貧困」と題し執筆。「清潔な服を着せて食事をさせ、学校に送り出すという親の能力が欠けた家庭は珍しくない」と訴えている。

 金子さんには、各地の小中高校の養護教諭から、さまざまな事例が寄せられている。

 「夏休みが恐怖、と話す小中学生がいる。給食が主な栄養源で、夏休み後には十キロも体重が落ち、皮膚疾患も悪化している」。金子さんは、親が仕事を掛け持ちして昼も夜も働き、子どもにかまっていられない現実が背景にあると指摘する。

 万引で補導された小学生が盗んだのは、コロッケパンだった▽トラック運転手の父親は月に二回程度しか帰らず中学生の姉に生活費を置いていくが、お金が切れると姉弟は数日間何も食べていないことがある▽一枚しかない体操シャツを下着、寝間着と兼用し着続けている−などの事例も。保健室に洗濯機を置いて、電気を止められて洗濯ができない子の衣類を洗う養護教諭もいるという。

 深夜までコンビニで過ごす中高生も珍しくない。「冷暖房もなく暗くて誰もいない家にいるより、明るく清潔な店内が心地よい。先輩などを見つけ軽食をおごってもらうのを待っている」という。

 保護者に直接支給される就学援助費が生活費に充てられるため、親の了承を得て学校がお金を預かり、学用品を買って渡す事例も。「卒業アルバムはいらない。積み立てのお金を返して」「準備が面倒だから修学旅行は行かせなくていい」と言う親もいる。

 教員の側にも「あの子の家は仕方がない」などと見てしまう傾向もあり、金子さんは「子どもは家庭内ホームレスの状態。家庭の自己責任、努力が足りないと突き放すのが最も危険」と指摘。「学校や地域全体で支え、子どもを“公的に育てる”視点で対策を講じないと、子どもが卒業しても貧困家庭が再生産されるだけだ」と警鐘を鳴らしている。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/20091222/CK2009122202000078.html

そういえば、子どもの頃、ものをがつがつ食べていると、大人からよくそんなケッショクジドーみたいな真似はやめろと怒られた。ケッショクジドーが欠食児童だとわかったのはかなり後のこと。その頃はお地蔵様の親戚かと思っていたのだ。子どもの頃、既に日本は先進国になっていたので、大人たちからすれば、もうケッショクジドーの時代じゃないよということだったのだろう。欠食児童という言葉を聞かなくなって久しいのだが、上の記事を読むと、この言葉もそろそろ復活してくるということなのだろうか。
さて、上の記事を読んで気になったことは、登場する少年少女の家庭がみんな爺婆抜きであるらしいということ。育児が親の手に余る場合には祖父母が援助するというのは直系家族では当たり前のことだろうし、そうすることで年寄りも家の中で居場所を確保できるということもあった筈。また、最近ではパラサイトなんちゃらという議論もあった。この子らの親たちはそういうことから切り離されているわけだ。もしかしたら、本地人/外来者という社会学的変数が絡んでいるのかも知れない。
勿論、「家庭の自己責任、努力が足りないと突き放す」ことでは済まされない。ただ、「学校や地域全体で支え、子どもを“公的に育てる”」って具体的にどうするのか。実家にも親戚にも近所にも頼れないから、困難に陥っているのでは? 例えば〈被差別部落〉ならば〈解放教育〉という仕方で連帯を政治的につくっていく途があるわけだが。
それから、危惧されるのは、「学校や地域全体で支え、子どもを“公的に育てる”」という名目の下で、やっぱり学校の基本は生活指導だぜという「プロ教師の会」系がやたら元気になるのではないかということ。また、そもそも家族、地域社会、学校というのはそれぞれ異なったロジックで動いているのだが、それはその中に巻き込まれている人にとって、何処かしらに〈逃げ場〉があるという可能性を意味する。それが一元化されてしまえば、少年少女にとっては何処にも〈逃げ場〉がない、極論すれば、あの世にしか〈逃げ場〉がないということになりかねない。

さて、『産経』の記事が2本。


1歳長女を男に紹介 わいせつ行為させた母親を逮捕 宮城県警
2009.11.30 20:46


 1歳だった長女をわいせつ目的で男に引き合わせたとして、宮城県警大河原署などは30日、児童福祉法違反の疑いで、東京都足立区のパート従業員の女(31)=児童買春・ポルノ禁止法違反罪で起訴=を再逮捕。長女にわいせつ行為をしたとして、児童買春・ポルノ禁止法違反の疑いで、北区神谷の無職、広町博司被告(46)=同罪で起訴=を再逮捕した。

 同署によると、女は「生活費に困っていた」と供述。広町容疑者は「小さい子に対して、ある時期から異常な興味が生まれた」と容疑を認めているという。

 同署の調べによると、女は7月11日、コンビニエンスストアの駐車場で、出会い系サイトで知り合った広町容疑者に長女を紹介。広町容疑者は女に現金2万円を渡すことを約束し、自宅に長女を連れ込んでわいせつ行為をするなどした疑いがもたれている。

 女は「長女が小さく、目を離せない」と自分の目の前で広町容疑者にわいせつ行為をさせていたという。広町容疑者宅からは長女や別の女児の画像を大量に発見。同署は、広町容疑者が出会い系サイトで、幼い子供がいそうな年齢の女性を物色していた可能性があるとみて調べている。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091130/crm0911302046027-n1.htm


12歳娘に5万円で淫行させる 容疑の母親ら追送検 宮城
2009.12.22 22:03


 宮城県警大河原署などは22日、12歳だった娘に性的行為をさせたなどとして、児童福祉法違反の疑いで、母親の無職の女(37)=茨城県小美玉市=を、児童買春・ポルノ禁止法違反の疑いで、無職、広町博司容疑者(46)=東京都北区=を追送検した。

 送検容疑は、昨年2月22日、女が茨城県内のファミリーレストランで娘を広町容疑者に引き合わせ、5万円で性的な行為をさせたほか、広町容疑者は昨年8月にデジタルカメラでわいせつな画像を撮影した疑い。

 女は広町容疑者と共謀し、娘のわいせつな写真を撮影したとして児童買春・ポルノ禁止法違反の疑いで逮捕され、広町容疑者も同容疑などで既に複数回逮捕されている。

 同署によると、女と広町容疑者はインターネットのサイトを通じて知り合った。広町容疑者の自宅にあった画像や供述などから発覚した。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/091222/crm0912222206035-n1.htm

容疑者が東京都や茨城県なのに、何故「宮城県警大河原署」なのかという疑問はあるのだが。別の新聞では「鬼母」という表現を使っていた。事件を母親の人格的劣悪性に還元するというわけだ。勿論、これは児童虐待の一形態であり、娘を売った母親の刑事責任は厳重に追及されなければならない。ただ、上の『東京新聞』の記事を読んだりすると、〈貧困〉とか〈剥奪〉と関係ないのかともいいたくなる。実際、1人の母親は「生活費に困っていた」と供述している。勿論そうしたことに還元することはできないのだが、日本が貧しかった時代には〈修身の教科書には書いていない親孝行〉が大っぴらに行われていたというのも事実なのだ。
勿論「人間が何に対して性的に反応するのか、萌えるのかというのは予め決定不可能」であるわけだが*2、1歳の幼女に発情というのを読むと、人間の性的欲望の多様性に感動してしまうしかない。ただ、1歳の幼女に発情する男と共存しなければいけない社会というのもかなりしんどいものだと思う。