虫と供養


amagi_naohito 2009/01/10 13:33
 文中に汚らしい単語を用いていますね。汚物・排泄物・老廃物・腐敗物を口にする事を好む昆虫のような感性の持ち主ですね。ここの管理人は。

 村上龍のくだりのあたりから、独創と世間との主客を転倒させて、時代の要請があったから物を作れたという趣旨の、作家とのしがらみを捏造しようする有象無象の卑しい小物根性が露呈されていたあたりから怪しいとは思っていてコメントを控えていましたが、ここの管理人とは根本的なところで主張が食い違うことが多いはずです。

 日本人は異質な物には寛容ですが、汚れや罪や穢れは単に除去する対象です。
 ここの管理人は、朝鮮に渡って死ぬのが日本のためです。ここのサイトは閲覧禁止サイトに追加します。
http://d.hatena.ne.jp/nessko/20090108/p2#c1231561983

この”amagi_naohito”って、あの天木直人
論旨が不明で、罵倒と差別の意志だけは伝わってくるのだが、「汚らしい単語」がどこにあるのかも分からず。
それはともかくとして、私もあまり「昆虫」は好きではないが、「汚物・排泄物・老廃物・腐敗物を口にする」、そしてそのことによって分解する生物がいてこそ、エコロジカルな循環が作動するわけで、その意味ではそのような生き物は必要不可欠といっていいのだろう。
さて、

高松市国分寺町の国道11号線沿いに、ミツバチの霊を供養するために蜂魂碑が建てられています。

祀られているミツバチは、イチゴやメロンなどの受粉用のミツバチで毎年2月8日に蜂魂祭が行われます。供養祭は今年で30回目となるようです。

この碑が建てられたのは、昭和55年1月8日(2月8日でないのが不思議ですが)。
http://kagawa.bine.jp/sanukiblog/article.php?id=425

という記事。「蜂魂碑」の写真も載せられているが、その碑文は読めない。そういえば、長野県岡谷の或る寺に蚕の供養塔を見つけたことがあった。
ところで、供養という言葉、中国語では日本語の扶養に近い意味で使われている。親などを養い、面倒を見ること。