『目白雑録』

目白雑録 (朝日文庫 か 30-2)

目白雑録 (朝日文庫 か 30-2)

金井美恵子『目白雑録』(朝日文庫、2007)を数日前に読了。
一応目次を書き写しておくと、

頭の中身
「オヤジ」の言説に抗して
「『風流夢譚』の出版自体は罪ではないし、言論の自由として認められるべきだが、出版によって起こり得る事態を想定しなかったことは責められる」と、島田雅彦は書いた
夏風邪日記
夏ボケ日記
夏バテ日記
ノーテンキ日記
ジョーシキ日記
ヘトヘト日記
続・ヘトヘト日記
文学は無邪気さで時代を生きのびよう 1
文学は無邪気さで時代を生きのびよう 2
むずむず日記
語り得ぬもの?
老いの微笑
梅雨入り日記
夏風邪は馬鹿がひく
映画雑録
「禁煙空間」のひろがり
今月の馬鹿
沈黙に目をかたむけよ
ティファニーでお刺身を
数について
急性腸炎日記


あとがき、あるいは、言わなきゃよかった日記
文庫版のためのあとがき
解説 中森明夫

もともとは朝日新聞社のPR雑誌『一冊の本』に2002年から2004年にかけて連載されていた分。この間には(本分でも言及されているように)日韓ワールド・カップがあり、またイラク戦争もあった。この頃『一冊の本』はほぼ毎月読んでいたので、今回は一応再読ということになる。
まあ、『目白雑録』には「ひびのあれこれ」というルビも振られているので、内容の要約とかそういうことは野暮なことであろう。いきなり(「中年の、哲学的で、しかもマッチョじゃないと称される小説家」[p.9]とは言われているが)保坂和志が血祭りに上げられて始まる本書は(凡庸な言い方ではあるが)金井美恵子先生の罵倒藝を愉しむ本ということになる。本書で特に中心的な〈いじめ〉の対象となるのは加藤典洋島田雅彦ということになるのだが、柄谷行人田中康夫にも容赦はない。さて、島田雅彦が自らの小説を浅田彰に「退屈」と呼ばれ、田中康夫に「駄目な奴」と言われて、「人の悪口をいう以上は批評の手間を省くな」と書いたこと(「「禁煙空間」のひろがり」p.212)について、「自分がどう「退屈」なのか、どういう理由で「駄目な奴」なのか、「批評」として長々と手間を省かずに書いてくれ、と言うのは、これはなんだろうか、通俗小説風に考えると、一方的に別れを宣言する恋人に「退屈」とか「駄目な奴」と告げられた男が、どーしてなんだ、と悩みながら、相手にみついだ金額を計算して、グヂャグヂャ言って請求書を送りつけようかどうか、迷っている、という状況を連想させる」(p.213)。
また、雑誌連載の時も笑ってしまったのだが、今回も笑ってしまったのは西尾幹二。曰く、

例の「新しい歴史教科書」が話題になった時、連載小説にかかりきりで、書く機会がなかったのだが、教科書編者の一人、ドイツ文学者だとかいう西尾幹二(この名前が思い出せなくて、一時間ばかり苛々する)の顔がテレビに映るたびに『仁義なき戦い』の、あの卑怯な親分の金子信雄(顔をゆがめて口をとがらせて薄笑いを浮かべる演技)にそっくりで、「新しい歴史教科書」が、仮に正しいとしても、『仁義なき戦い』の金子信雄がテレビで宣伝活動したんじゃあ、正しくないことが映像的に伝わっちゃうよ、強いものに迫られると、腰を抜かして、許してくれ、許してくれ、金、金なら、やるぞ、と叫んで女房にまで軽蔑される、広島の金子親分の「歴史教科書」だよ、などと思い出す。(「夏風邪日記」、p.44)
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さらに今回笑ってしまったのは(前に読んでいなかったか)、

(前略)さきおととしのピーコック・ストアの七夕飾りの前で、テーブルに向かって、なにやら熱心にタンザクを書いている眼鏡のダークグレーのスーツで、大きめのナイロン製書類鞄を持った若い男(推定二十四歳から三十二歳、というところか)がいて、職業はというと大学院の学生か大学非常勤講師というタイプで、中背に小ぶとりで、まあ、はっきり言えば中途半端なオタクのモテナイ系というところか。真剣に考え込むかのように宙を見つめては書きすすめる様子が、ちょいと異様だったので、踊り場の壁に張ってある、新聞の折り込み広告の今週のお買得情報を、何気なく見ているふりをして、若い男がタンザクを笹の葉に吊して立ち去るのを待ち、何を書いたのか、さっそく読んでみたところ、〈美人でスタイルのいい、頭が良くて優しい女の子が、僕の彼女になりますように。〉と、筆ペンで書かれており、黒いナイロン製書類鞄をガサゴソさせていたのは、筆ペンの出し入れのためだったのかと納得したのだが、私はその足で二階の文具売り場へ行き、ピンクの太書き蛍光インクのフェルト・ペンを買い、人のいないのを見すましてから、〈……僕の彼女になりますように。〉のタンザクの裏に大きく目立つように、「ムリだっての!!」と書いて吊しなおしたのだが、こういった振舞いは、五十のおばさんのやる事ではないし、それに、まあ、いわゆる「文学者」のやる事でもないだろう。(pp.66-67)
さて、金井先生が戦後の小津安二郎映画が嫌いだということを知る(「急性腸炎日記」、p.266)。

See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20081126/1227715814