アルベールの移行(メモ)

ジュリアン・グラック*1『アルゴールの城にて』(安藤元雄訳)の登場人物の一人「アルベール」について。


(前略)彼の精神がまず最初に打ちこんだのは、何よりも哲学上の探究だった。 二十歳にして成功やら出世の道やらをすべて考慮の外に置き、感覚と思考によって世界の謎を解くことを自分の使命と思い定めた。カントを読み、ライプニッツを、プラトンを、デカルトを読んだが、生まれつきの好みの傾向から、やがてもっと具体的な、あえて言えばもっと意欲的な哲学、世界を大きく両腕で抱きとめながら、そこにしかじかの特殊な光線をさしこませるだけでは満足せずに、それを構成する各部分を数え上げながら総体的な真相と説明とを求めて行く、アリストテレスのような、プロティノスのような、スピノザのような哲学へと向かって行った。だがとりわけ彼が強烈な好奇心の対象としたのは、哲学界の天才のうちの帝王とでも呼ぶべきヘーゲルだった。この体系構築と諸学総合の王者、あらゆる抽象的認識からその栄光の冠を奪った人物、どんな輝かしい哲学体系もその人にとっては彼自身の巨大な銀河を形づくる星雲にすぎない人物に対して、彼は強烈な偏愛を捧げるようになっていた。弁証法こそはアルキメデスが嘲笑まじりに要求した、世界をすら持ち上げるあの梃子のようなものだと考えて、いまブルターニュの人里離れた屋敷に赴くにも、わびしい地方の、陰鬱で無味乾燥だろうとしか思えない日々をたっぷりと埋めるために、ヘーゲルの著書を運びこもうとしていたのである。(pp.18-19)
プラトンプロティノスライプニッツスピノザの差異というのは微妙だ。

やはり雪

承前*1

水曜日の上海は朝のうちは澄み切った晴れだったけれど、午後には曇に転じた。そして、息子を幼稚園に迎えに行く午後4時頃、突然液体ではなく白い固体が地面に落ちるようになった。翌朝、上海では辺り一面真白になるということはないけれど、ビルの屋上や自動車の屋根にはかき氷みたいな雪がそれなりに積もっている。現在も降雪中。

佐伯俊男

小橋宏奈*1「目を背けたいのに、もっと見たくなる 佐伯俊男という絵師」https://www.buzzfeed.com/jp/hironakobashi/saeki-toshio
佐伯俊男『雲然』展に新作や巨大壁画も ブラックユーモアとエロスの世界」https://www.cinra.net/news/20180120-saekitoshio


佐伯俊男*2の個展『雲然』が東京渋谷の画廊「ナンヅカ」*3始まっているのだという*4。まあ東京とその周辺に住んでいる人にとってはmust goであるね。
さて、佐伯俊男というイラストレーターを知ったのは、1970年代から80年代にかけて刊行された角川文庫の山田風太郎忍法帖」のジャケットだろうか*5。『忍法忠臣蔵』とかね。あの頃、佐伯さんのイラストに魅かれて山田風太郎を買っちゃったという人も、或いはその反対に、イラストに引いてしまって買うのを躊躇ったという人も少なくないのではないか。

忍法忠臣蔵 角川文庫

忍法忠臣蔵 角川文庫

以前現代日本のエロティックな絵として、米倉斉加年金子國義を比べたことがあったのだけど*6、佐伯さんの絵はそのどちらとも違う。特に米倉斉加年が(エッチングのような)線を強調するのに対して、佐伯さんのイラストレーションでは面(ベタ)が強調されている。それは、例えば月岡芳年のような錦絵以来の仕方であるともいえる。勿論、佐伯さんは色のない絵も発表しているわけだけど。
嬰野賦*7という中国人アーティストがいるけど、彼の作品には佐伯的なものを感じてしまう。直接影響関係が或るのかどうかはわからないけれど。

Patti Smith M Train

M Train

M Train

パティ・スミス姐さんのM Train*1を先日やっと読了。


Cafe 'Ino
Changing Channels
Animal Crackers
The Flea Draws Blood
Hill of Beans
Clock with No Hands
The Well
Wheel of Fortune
How I Lost the Wind-Up Bird
Her Name Was Sandy
Vecchia Zimarra
Mu
Tempest Air Demons
A Dream of Alfred Wegner
Road to Larache
Covered Ground
How Linden Kills the Thing She Loves
The Hour of Noon
このエッセイは、著者の現在に取り留めもなく沁み出ししてくる記憶(過去)をできるだけ忠実に文字として定着させようという試みだと言える。過去が沁み出して来る現在の特権的な場所として、著者の自宅近くのグリニッジヴィレッジの'Inoというカフェがある。現在に沁み出してくる過去も、亡夫のFred Sonic Smithとの思い出に収斂していく。過去は基本的には死者の領域であろう。本書では「墓」(墓参)が幾度となく言及される。ジャン・ジュネポール・ボウルズエミリー・ブロンテシルヴィア・プラスそして小津安二郎三島由紀夫芥川龍之介。但し、何故かフレッド・スミスの墓は言及されない。本書に登場するのは生けるフレッドのみ。
本書には、多くのモノクロ写真が挿し挟まれている。その多くはパティ・スミス姐さんがポラロイドで撮ったものである。但し、ヴィム・ヴェンダースから貰ったカメラによるものなのかどうかは明らかでない*2
さて、一昨日、呉以義『海客述奇 中国人眼中的維多利亜科学』*3を読了。
ところで、片付けをしていて、David M. O'Brien(With Yasuo Ohkoshi) To Dream of Dreams: Religious Freedom and Constitutional Politics in Postwar Japan (University of Hawai'i Press, 1996)という本を10年以上前に読みかけていたということに気づいた。早速、閲読を再開することにした。
To Dream of Dreams: Religious Freedom and Constitutional Politics in Postwar Japan

To Dream of Dreams: Religious Freedom and Constitutional Politics in Postwar Japan

Domestic Problem

長野智子*1北朝鮮が核・ミサイル開発をやめない理由。脱北外交官が「サンデーステーション」に語った」http://www.huffingtonpost.jp/tomoko-nagano/north-korea-diplomat_a_23341883/


2016年に、現職の駐英公使でありながら、そのまま「脱北」してしまった太永浩氏*2へのインタヴューにTV朝日の『サンデーステーション*3が成功したという。
ちょっと抜書き;


アメリカが交渉の大前提にしているのが朝鮮半島の非核化だが、北朝鮮が核開発をあきらめることはあるのか」という私の質問に、テ・ヨンホ氏は「ありえません」と即答した。

「核とミサイルは、金正恩氏が長期政権を維持できる唯一の手段です。もしあきらめることがあれば、彼の『王朝』の終わりを意味するのです」

北朝鮮軍は『韓国をいわゆるアメリカの支配から解放するため戦い』にむけて訓練されていますが、軍の指導者はこの戦いに勝てないことがわかり始めました。巨大な軍が使命や直近の目標を失えば、将来的に考えを変え、何かしらの北朝鮮の内部の問題に目を向けるかもしれません。なので、巨大な軍の力をコントロールし、何かできるかもしれないという希望や直近の目標、軍事行動の可能性を与えるというのは金正恩氏にとって、とても大きな仕事です。その希望を与え続ける目標が核・ICBMなのです」

これは北朝鮮に限ったことではなく、殆どの対外戦争というのは実はドメスティックな緊張や矛盾の捌け口としてあるんじゃないだろうか。このことこそ、かつて唱えられた、侵略を内乱に転化せよ! というスローガンの根拠だったのでは?

摩擦以上

AbemaTV「日本のセックスレス、原因はAVか ネットの普及で「価値がなくなった」専門家が指摘」http://www.huffingtonpost.jp/abematimes/sexless-av_a_23324473/



結婚する前はあんなにラブラブだったのに......。心の病気、コミュニケーションの不足......何らかの理由で夫婦間のセックスレスに悩む人たちが増えている。

結婚しているのに夫に片思い。『Wの悲喜劇〜日本一過激なオンナのニュース〜』(AbemaTV/アベマTV)*1では、「セックスにタブーはない!禁断の4時間スペシャル」を放送。前編では「なんでしてくれないの? セックスレス」をテーマに当事者たちが赤裸々に本音を語った。

さて、

一方で、恋愛や結婚生活について詳しいフリーライタートイアンナさん*2は実際にVRのAVを観たことがあるという。トイアンナさんは「女の子のおっぱいがグイグイ寄ってくるし、今まで映像で見ていたものがもっとリアルになる。二次元との境がなくなって、(AVの)ファンタジーがファンタジーじゃなくなってきている」と指摘した。
さて、どうなんでしょうか。たしかに、所謂アダルトVR*3とセックス・ロボット*4が組み合わさることによって、性産業(特に射精産業)は大きな変容を被り、例えばセックス・ワーカーの大量失業ということも起こりかねないといえるだろう。セックスが摩擦とエントロピー低減に還元できるのなら、話はそれで終わりなのだが、近代人にとってセックスとはたんなる摩擦の問題ではなく、人格やアイデンティティの問題でもあるのだった*5。とすれば、誰とやるのかということが問題になって来る。誰に関しては、テクノロジーが介入する余地はないのではないか。また、VRが幾ら凄いと言っても、性愛に特有のあの匂いとかぬめぬめ感といったクオリアを括弧で括った上で、その凄さは成立しているわけでしょ。それ故に古市憲寿氏は忌避するかも知れないけれど*6、他方でこれこそが生の性愛の醍醐味である言えるかも知れない。だから、VRの恋愛生活や結婚生活に対する影響は性産業に対する影響よりも限定的といえるのではないか。
クオリアということだけど、丸谷才一『持ち重りする薔薇の花』*7で、「西」と「小山田」の妻「雪ちゃん」との戯れを語る「梶井」――「(前略)柔らかいボタンや襞や潤つてゐる畝や窪みの翳りにあれこれと優しく指を使つてかはいがつてやつたら、喜んで、声をあげて、おお! 紫一色の虹が立つと言つたさうです」(p.197)。VRはここに迫れるか。
持ち重りする薔薇の花 (新潮文庫)

持ち重りする薔薇の花 (新潮文庫)

「お祝い」と「お見舞い」の間など

朝日新聞』の記事;


陸自隊員1人死亡 草津白根山噴火、雪崩は確認できず
山本孝興2018年1月23日21時35分


 群馬県草津町草津白根山で23日に発生した噴火で、噴火とほぼ同じ午前10時ごろ、東側にある草津国際スキー場に多数の噴石が落下した。スキー場で訓練中だった陸上自衛隊員30人のうち、噴石が当たった男性陸曹長(49)が死亡し、ほかにも隊員7人やスキー客ら計11人も噴石で骨折するなどのけがをした。

 草津白根山は主に三つの山から成り、気象庁は、北側の白根山(標高2160メートル)を噴火の可能性が高いとして24時間監視していたが、今回は警戒していなかった本白根山(同2171メートル)の東側にある鏡池付近の火口で噴火した。

 防衛省によると、陸曹長1人が死亡したほか、隊員5人が骨折などの重傷、2人がけがをした。現場にいたのは陸上自衛隊第12旅団(司令部=群馬県相馬原駐屯地)のヘリコプター隊で、積雪地での救助活動などに備えたスキー訓練中だった。隊員30人が複数グループに分かれて訓練を開始し、8人が山頂から滑走中、噴石に見舞われた。残る22人はふもとにいたという。当初、雪崩に巻き込まれたとしていたが、その後、雪崩ではなく、噴石によるけがと明らかにした。

 県災害対策本部などによると、山頂とふもとを結ぶ「白根火山ロープウェイ」(全長2400メートル)のゴンドラに噴石のようなものが当たり、窓ガラスが割れて乗客がけがをした。このほか、スキー客ら約80人が一時、山頂駅(標高約2千メートル)付近に取り残されたが、日没ごろまでに自衛隊のヘリコプターや民間のスノーモービルで救出された。

 気象庁は、同日午前9時59分から8分間、振幅の大きい火山性微動を確認したとしており、この間に噴火したとみて調べている。

 同庁は同日、噴火警戒レベルを活火山であることに留意するレベル1から、段階的に、入山を規制するレベル3まで引き上げた。24日以降、本白根山にも地震計や監視カメラなどを設置する方針だという。草津白根山で噴火が起きたのは、白根山山頂付近の湯釜火口周辺で1983年12月に水蒸気噴火を起こして以来。鏡池周辺では約3千年前に噴火したとみられている。(山本孝興)

     ◇

 防衛省は、当初、雪崩に巻き込まれたとしていたが、「気象庁は雪崩という範疇(はんちゅう)のものは起きていないとしている」として訂正した。

 草津町も「雪崩の事実は確認できていない」としている。
https://www.asahi.com/articles/ASL1R4VX2L1RUTIL043.html

お見舞い申し上げますとしかいいようがない。また、お見舞い申し上げるべき人はもう一人いるようだ。枝野幸男*1


安藤健二枝野幸男氏が、草津白根山の噴火被害者を「心からお祝い」したとネットで拡散 ⇒ 実際には…」http://www.huffingtonpost.jp/2018/01/24/edanoyukio-shirane_a_23341878/
安藤健二枝野幸男氏、滑舌の悪さを謝罪。「お見舞い」が「お祝い」に聞き間違えられて拡散」http://www.huffingtonpost.jp/2018/01/24/edano-katsuzetsu_a_23342922/


問題になったのは、


草津白根山の噴火によって、訓練中の自衛官の方が亡くなられました。心から哀悼の意を表します。また被害に遭われた皆さまに、心からお見舞いを申し上げます*2
まあネット上には何かにつけて枝野氏を貶めようとする悪意の輩がうじゃうじゃいるだろうということは想像に難くないけれど、これもまた、お見舞い申し上げますとしかいいようがない。
「滑舌」の良し悪しをチェックするのは、「滑舌」を発音させてみるのがいちばん手っ取り早い方法だと思う。これはとても発音しにくくて、私の場合はついついカツレツと言ってしまう。