文字の呪術性その他


鎌倉時代には、着物に文字の書かれた柄が人気だったという。いろんな字の書いてある着物を身につけるのがおしゃれだった。鎌倉時代のおしゃれ。わたしの日常生活になんの影響も及ぼさない情報ですけど、おもしろないなとおもった。鎌倉時代の着物にはいろんな字が書いてあったそうです。そういう服を着るのがかっこよかったのだ。

しかし、着物に字が書いてあるというのは、当時はとてもいけないことだった。文字には呪術的な力があるとかんがえられていたからである。着物にそうした呪術性を取り込むことを、為政者はおそれていた。そこで幕府は、文字の描かれた着物を禁止していたのだ。たしかに、ある種の漢字には呪術性があるかなあとわたしもおもう。わたしは、世の中でいちばんこわい漢字は「怨」だとおもうけど、それがTシャツとかの胸に大きくプリントされていたら、なんか気分がわるいし、そのTシャツを着た人には災いのひとつも起こるのではないかと感じる。いやだなあ、怨Tシャツ。当時、文字の書かれた着物をつけることを許されていたのは、「放免」と呼ばれる者たちにかぎられていた。放免とは、なんらかの罪を犯していったんは牢に入ったが、その後、牢からでることができた者という意味である。放免の仕事には、一般人とは異なる役割、たとえば犯罪者の処刑などがあった。つまり放免は、社会的にあいまいな立場にいた。放免が市民であるかというと、あきらかに市民の範疇からは疎外されている。法や社会の境界線上にいて、ほんらいなら適用されるルールや保護が、あったりなかったりする。彼らにだけは、禁止されていた柄の着物をつけることが許されていた。
http://d.hatena.ne.jp/zoot32/20070622#p1

このことは恥ずかしながら初めて知った。ピーター・グリーナウェイの『枕草子*1はたんなるオリエンタリストの妄想ではなかったわけだ。
ピーター・グリーナウェイの枕草子【字幕版】 [VHS]

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なお、「文字というものが有する聖性(穢れ)」については、http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070411/1176269481で言及した。
呪術繋がりで、『スポーツ報知』の記事なり;

千葉でも騒音おばさん…隣人に「呪い殺すぞ」
2007年06月26日08時15分

 隣人に「呪い殺すぞ」−。千葉県警船橋東署は25日、県迷惑防止条例違反の疑いで同県船橋市の職業不詳・市川晴江容疑者(63)を逮捕した。隣に住む自営業男性(50)宅の前で「呪い殺すぞ」「出て行け」などと、どなるなどした疑い。同容疑者はこのほかにもラジオを大音量で流したり、洗剤をまき散らしたり、つばを吐いたりしたという。同容疑者は「口癖を自分に向かって言っていただけ」と容疑を否認しているという。

 調べによると市川容疑者は3月4日から5月23日までの間、隣家の前で毎日のように「呪い殺すぞ」などと大声でどなったり、「防犯カメラをはずせ」「出ていけ」などと不当な要求をした疑い。男性が引っ越してきた05年9月ごろから、ほぼ毎日のように朝から夜まで家の前でどなったり、夜の9時ごろまで大音量でラジオを鳴らし続けるなどしたという。市川容疑者は嫌がらせ直後に自ら110番。隣家から嫌がらせを受けたとの内容で、被害者を装ったとみられる。

 男性宅は8人家族で、特にトラブルもないまま入居直後から同容疑者の嫌がらせを受けていた。洗剤のようなものを壁にかけられたり、玄関などにつばをはきかけられたこともあったという。同容疑者は男性の相談を受けた船橋東署から100回以上、注意されていたが無視していた。男性は防犯カメラを3台設置して、同容疑者の様子を録画、被害届を出した。

 男性が引っ越して来る前の住人も、同容疑者の嫌がらせに遭い、約半年で転居したといい、「隣人とのトラブルは10年ぐらい前からあった」(近所の住民)という。被害を受けた男性宅は、壁に何度も表札を外した跡があり、この家の引っ越し歴を痛々しく物語っている。

 「呪い殺す」と言ったことについて、同容疑者は「口癖だから仕方ない。自分に向かって言っていただけ。何もしていない」と容疑を否認しているという。同容疑者は夫と2人暮らし。自宅の玄関先から壁面にかけて、花で埋め尽くされている。赤、ピンク、紫と色とりどりの花を植えた植木鉢だらけで、きれいだが異様な雰囲気。近所の中学生は「あの花の中に監視カメラがあるんじゃないかとうわさしてたんです」と不気味がる。

 同容疑者は逮捕されたが、奈良の「騒音おばさん」の事件と同様、被害を受けた男性は今も「仕返しが怖い」と話しており、カーテンを閉め切り外部との接触を避けている。
http://news.livedoor.com/article/detail/3211324/

「奈良」に続いて「千葉」(「船橋」)でもという感じのノリ。「きれいだが異様な雰囲気」とは記者の美的センスを感じさせる。しかしながら、「呪い殺すぞ」という発話は呪術というよりは呪術への言及、すなわちメタ呪術か。
呪術のディスクールということだと、演説(アジテーション)、シュプレヒコール、声明などは語用論的には一括して論じることができるだろう。たしか、エドマンド・リーチ先生の『文化とコミュニケーション』に呪術としての軍事クーデタの記号論的考察があったか。
文化とコミュニケーション―構造人類学入門 (文化人類学叢書)

文化とコミュニケーション―構造人類学入門 (文化人類学叢書)

ところで、祝福も呪いと同じ呪術的コミュニケーションであり、「呪い殺す」ことができる言葉でなければ、祝福することもできないとはいえるだろう。

玉葱を剥く

 James Meek “Look back in anger” http://books.guardian.co.uk/print/0,,330070156-99819,00.html


http://eunheui.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_75ee.htmlにて知る。
独逸の作家ギュンター・グラスは自伝の出版以来、また昨年8月に新聞Frankfurter Allgemeine Zeitungのインタヴューに答えて以来、その少年時代に関して、突然〈渦中の人〉となり、バッシングの対象となった*1。この度、その自伝の英訳本が出版されるに当たって、グラスはデンマークで『ガーディアン』のインタヴューに答えている。グラスは例えば独逸のメディアの手口について「怒りを込めて振り返る」。私は「自伝」そのものを読んでいないので、「自伝」それ自体に言及することは差し控えなければならないが、興味深く思ったのは、グラスが「記憶」の基本的な特性について語っているところ;


Grass has been famous for almost half a century, ever since 1959, when his satirical-autobiographical masterpiece The Tin Drum, about a little Nazi-era boy who decides not to grow any bigger, was published. He has drawn directly on his life for his fiction ever since. I wondered why a writer whose work is so openly autobiographical should have chosen, now, to write a memoir. Peeling the Onion is curious in form, recording not only what happened but what might have happened. I suggested to Grass that his constant challenging of the accuracy of his memory, his manner of questioning on almost every page whether an event happened or not, made Peeling the Onion an un-memoir.

"Everybody knows how fallible memory can sometimes be," he said. "You remember certain fragments precisely, but as soon as you try to join the fragments together, for a story, there is a certain - not falsification, but a shifting."

また、『玉葱を剥く』というタイトルも興味深い。「玉葱」を剥けば泪が出る。また、「玉葱」を剥いたその帰結は〈無〉であろう。
グラスが少年時代のナチス体験をずっと隠蔽して、今頃になって「告白」したということで、スキャンダル化したわけだが、実はグラスは少年時代の体験について今迄ずっと語っていなかったわけではなかった。Karl Wagenbachという人が、1960年代にグラスがその問題について議論している記録を発見している。しかし、(グラス曰く)”At that time nobody was even interested in the fact and it wasn't a big deal.” また、この記事では、この騒動に対するグラスの「文学的回答」だという「愚かな8月」という詩(の最初のスタンザ?)のJames Meek氏自身による英訳が紹介されている;

Late, they say, too late. / Delayed for decades. / I nodded: Yes, it took time, / Till I found words / For the over-used word 'shame'. / Along with everything which had made me known, / Flaws are attached to me / Clearly enough for people with flawless, pointing fingers.
さらに、(これは「うに」さんも言及しているのだが)、”Grass said he had been overwhelmed with supportive letters from Germans, thanking him for provoking the ageing generation which remembers the war to talk about it with their grandchildren.”という文も引用しておく。
戦争の記憶ということで、韓国において「朝鮮戦争」の記憶が風化しつつあるという『毎日新聞』の記事;

韓国:朝鮮戦争が風化

 【ソウル中島哲夫】朝鮮戦争(1950〜53年)の開戦57周年にあたる25日、韓国紙・朝鮮日報は20代の国民の半数以上が開戦の年さえ知らないと報じた。韓国ギャラップ社と共同で1005人を対象にした電話世論調査の結果、開戦年を正答できない人が20代で53.2%、30代37.1%、40代24.5%だった。

 「月刊中央」7月号もソウルの小学生3600人の調査結果として、朝鮮戦争李朝時代の戦争とか「日本と戦った」と誤解している児童が3割以上だと報じた。豊臣秀吉朝鮮出兵と混同しているらしい。

 25日、ソウルでは国連軍として参戦した各国の元将兵も参加して記念式典が行われたが、風化は確実に進んでいる。

 一方、朝鮮日報は同じ調査で、北朝鮮と米国への認識も質問した。盧武鉉ノ・ムヒョン)大統領が当選した02年の調査では「米国は嫌い、北朝鮮は好き」という回答が多かったが今回は逆転。また「北朝鮮が戦争を起こす危険性」を懸念する回答が00年の調査開始以来、初めて5割を超えた。昨年10月の北朝鮮の核実験などが影響したようだ。

毎日新聞 2007年6月26日 1時32分
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070626k0000m030169000c.html

Cultural Offenders

GuardianのJon Wilde氏のblogエントリー;


 “The worst cultural offenders of the last 60 years” http://blogs.guardian.co.uk/art/2007/06/the_worst_cultural_offenders_o.html


“The worst cultural offenders”といいつつ、冒頭では、


It was Oscar Wilde who declared that, "there is no such thing as a good influence." He was wrong, of course - as any fool knows, there is good influence and there is bad influence. To exert a bad influence, something does not necessarily have to be bad in itself, but it often helps.
という但し書きがしてある。
それにしても、1950年代のoffenderとしてThe Goon Show名指されているというのは如何にも英国ローカルという感じだが。1970年代の代表としてご指名に与ったBlack Sabbathの記述;

Sabbath may not have invented heavy metal (that dubious honour ought to go to Iron Butterfly)*1 but it was the Sabs who gave it form and became the genre's dominant influence through the 1970s and beyond. Sabbath weren't all bad (Paranoid is a belter of a song) but most of what they inspired was terrifyingly awful, such as Judas Priest, Scorpions, Saxon and Tygers Of Pang Tang (all of whom have some of the worst artwork ever to see the light of day). Lest we forget as well the long roll-call of cruddy sub-genres that HM has impressed on eternity (death metal, gothic metal, power metal, folk metal, Viking metal ...).
因みに、最近ブラック・サバスを聴きたいぞ気分が高くなってはいるのだ。

*1:heavy metalという言葉だけでいえば、その初めは紐育のバンドBlue Oyster Cultということになるだろう。

Salman Rushdie(続きの続き)

承前*1

 “Rushdie has got nothing to apologise for” http://books.guardian.co.uk/print/0,,330070187-115899,00.html (読者投稿)
 Jamie Doward “Rushdie honour breaks UN code, says Pakistan” http://books.guardian.co.uk/print/0,,330071575-99819,00.html
 Andrew Anthony “Sir Salman is a godsend to literature and free speech” http://books.guardian.co.uk/print/0,,330070793-99819,00.html
Nick Cohen “The unholy alliance that damns Rushdie” http://books.guardian.co.uk/print/0,,330071534-99819,00.html


Nick Cohen氏のテクストには、英国労働党と埃及の「ムスリム兄弟団」との関係の暴露(?)あり。