屈原(Maxine Hong Kingston)

日曜日に黄灯『大地上的親人』*1を読了。著者の夫の故郷である湖北省孝感市孝昌県豊山鎮豊三村、著者が生まれた場所である湖南省岳陽市汨羅市三江郷鳳形村、育った場所である汨羅市長楽鎮隘口村の、家族たちのライフ・ヒストリー。現代中国農民の家族の自伝ともいえるし、農村出身の知識人である著者によって、書くという習慣を持たぬ農民の言葉が文字に定着されたともいえる。
さて、「汨羅」といえば、屈原最期の地であるが、この本に屈原或いは『楚辞』*2への言及はない。ところで、マクシーン・ホン・キングストン『チャイナ・メン』*3では(短いけれど)屈原に1章を割いているのだった(p.419ff.)。その最後を書き写しておく。端午の節句の粽子の起源を巡って;


彼の亡霊が食べるようにと、人々は米を川に投げた。彼の命日には、毎年それをして、彼の巡歴を追憶し、あるいは彼を探し求めて、龍船に乗り川をのぼったりくだったりしたものだ。屈原はたいへん賢かったから、ある時川から彼の亡霊を送り出していったものだ。「おお、懐かしい者たちよ。魚たちが米を食べてしまうので、わたしは腹がへっている。米は葉に包んで貰いたい」めずらしく、人々は彼のいう通りにしたものだ。そこでわたしたちは五月の五日には、米や大麦と煮た腸詰め肉と豚肉、塩漬け玉子や豆や黄色の寒天を、におい棕櫚蘭の葉に包んで食べるのである。中国だけではなく、朝鮮、日本、ヴェトナム、マレーシア、そしてアメリカでも、人々は不屈の人屈原をしのぶのである。(pp.424-425)
チャイナ・メン (新潮文庫)

チャイナ・メン (新潮文庫)

楚辭―譯註 (岩波文庫 赤 1-1)

楚辭―譯註 (岩波文庫 赤 1-1)