Sara C Nelson “Wu Yongning Records Own Death After Rooftop Stunt Goes Tragically Wrong” http://www.huffingtonpost.co.uk/entry/rooftopper-wu-yongnings-death-caught-on-video-as-he-plunged-62-floors_uk_5a2fde2ce4b078950283ab5c(「命綱なしのパフォーマンスをしていた中国人男性、62階建てビルから転落死」http://www.huffingtonpost.jp/2017/12/12/rooftopper_a_23305292/ )
11月8日、呉永寧(26)は、動画撮影・配信をするために中国湖南省長沙市の62階建てのビルの屋上の縁で懸垂パフォーマンスをしていたところ、誤って転落・即死した。この事故は、彼のかガールフレンドが今月になって彼が転落している動画をアップロードしたために公になった。 呉永寧の微博アカウントは6万人のフォロワーを有していた。
呉永寧のように、危険を冒して高層からの映像を撮影・配信する行為をrooftoppingという*1。
さて、映像作品においては(実写・アニメを問わず)〈高度〉を強調した場面が以前よりも目立っているような気がする*2。但し、それは一望のもとに知ろしめすといった〈権力〉を指向しているというよりも、エドマンド・バークやカントがいう意味での崇高性*3 を感受するためというような感じだ。もっと俗にいえば、絶叫ジェット・コースターの映像版。
*1:See also Dominic Ngai “Rooftopping: Shots from China's Highest Vantage Points” that's Shanghai January 2017, pp.42-49 Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20170111/1484104286
*2:私がそれを感じたのは、例えば一連の「ミニオン」というか「怪盗グルー」物。『怪盗グルーの月泥棒』、『怪盗グルーのミニオン危機一髪』、『怪盗グルーのミニオン大脱走』。 怪盗グルーのミニオン大脱走 ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]
*3:Cf. 『美と崇高との感情性に関する観察』、『判断力批判』。 美と崇高との感情性に関する観察 (岩波文庫 青 626-0)