「小説」は緩かった(清水真木)

清水真木『感情とは何か』*1から;


ヨーロッパの場合、ヘレニズム時代から一九世紀初めまで、長編小説というのは、エピソードを並列的につないで作られた「お話」にすぎず、作品の有機的な構成は、小説にとり必須ではありませんでした。むしろ、エピソードの組み合わせに内的な必然性が欠けていること、構成が緩やかであることは、小説というジャンルに固有の特徴ですらありました。ラブレー*2(一四八二ころ〜一五五三年)の『パンタグリュエル』(一五三二年)『ガルガンチュア』(一五三四年)、セルヴァンテス*3(一五四七〜一六一六年)の『ドン・キホーテ』(一六〇五〜一六一五年)*4など、一八世紀までの長編小説が現代の私たちにとって読みにくく、事実上の「読まれざる古典」となっているのは、作品の構成があまりにも緩やかであるために、物語の進行について見通しがきかないからです。また、このような特徴のせいで、小説は、ながいあいだ独立した文学のジャンルとは見做されてきませんでした。ゲーテの『ウィルヘルム・マイスターの修業時代』が現代の平均的読者にとり魅力に乏しいように見えるのは、これが、古い時代に属する小説だからです。
小説がこのような緩やかな雑然とした体裁を捨て、作品を構成するエピソードのあいだの有機的な連関をみずからに課すようになるのは、一九世紀前半のことです。この時期、バルザック(一七九九〜一八五〇年)やオースティン(一七七五〜一八一七年)などの作家たちのもとで、小説は演劇的で統一的な構成が与えられ、そして、小説が文学全体に占める位置もまた、急速に向上して行きます。
一九世紀後半、小説は、一言一句まで変更を許さぬ必然性を帯びた作品を産み出すレヴェルに辿りつきます。小説というジャンルのこのレヴェルを代表するのはフローベール(一八二一〜一八八〇年)です。(後略)(pp.64-65)
ドン・キホーテ〈前篇 1〉 (ちくま文庫)

ドン・キホーテ〈前篇 1〉 (ちくま文庫)

ドン・キホーテ 前篇(2) (ちくま文庫)

ドン・キホーテ 前篇(2) (ちくま文庫)

ドン・キホーテ 後篇(1) (ちくま文庫)

ドン・キホーテ 後篇(1) (ちくま文庫)

ドン・キホーテ 後篇(2) (ちくま文庫)

ドン・キホーテ 後篇(2) (ちくま文庫)

先ず、小説の「構成」の問題、露西亜フォルマリズムに由来する「物語(story)」と「筋(plot)」の区別については、ウンベルト・エーコ『小説の森散策』*5のp.67以降を参照されたい。もっとも、エーコによれば、近代小説の「有機的な構成」、厳密な「筋」の獲得というのは小説の本質的な通俗性(散文性)の獲得だったということになるのだが(pp.71-72)。また、所謂ポストモダン小説というのは「物語の進行について」の見通し」の「きかな」さの復権という側面もあるので、現代の読者にとっては、「緩やかな雑然とした体裁」の初期小説は却って、何てアヴァンギャルド! ということにもなる。それにしても、「ヘレニズム」の時代に「小説」は存在しなかっただろう。清水氏が挙げているラブレーの書も「小説」とは言い難いと思う。通常の理解では、「小説」というのは『ドン・キホーテ』を嚆矢とするということになるのでは? 「小説」の存立というのは神話や英雄物語や昔話などとの差異と関係において語るべきだろう*6。唐突かも知れないが、ここで蓮實重彦『物語批判序説』をマークしておくのもそう奇異なことではあるまい。
ウンベルト・エーコ 小説の森散策 (岩波文庫)

ウンベルト・エーコ 小説の森散策 (岩波文庫)

物語批判序説 (中公文庫)

物語批判序説 (中公文庫)

ところで、清水氏は最初に(たんなる「小説」ではなく)「長編小説」という言葉を使用していることにお気づきだろうか。英語では、所謂長編小説と中編小説と短篇小説の違いは短いか長いかという、たんなる量的な差異ではない。それぞれ、novel、novella、short storyという独立した語彙が充てられおり、その間には質的な差異が想定されているらしいのだ。つまりそれぞれ別ジャンル。さらにややこしいのは、英語のnovelに仏蘭西語で対応するのはnouvelではなくromanであるということ、仏蘭西語のnouvelは中編小説や短篇小説を指す。それは「有機的な連関」などからはほど遠い事態を指しているかも知れないのだ。ジャン=クレ・マルタンドゥルーズ』に曰く、

(前略)ヌーヴェルの特殊性は、強迫観念と化した偶発事に対してそうするように、新奇さを示すことだ。この意味でヌーヴェルは、不安を掻き立てる分類不能な「ケース」によって作用され苦しめられている。(後略)(p.44)