股から覗いて

承前*1

妖怪変化 (ちくま新書)

妖怪変化 (ちくま新書)

常光徹「股のぞきと狐の窓――妖怪の正体を見る方法」(常光徹編『妖怪変化 民族学の冒険3』、pp.26-60)


「船幽霊」を見破る方法としての「股のぞき」*2が採り上げられている。関山守弥が1957年に長崎県五島の嵯峨島で明治33年生まれの漁師に聞いた話では、「股のぞき」をすると、「本物の船は、帆柱の十字の先がでている」ように見えるが、「幽霊船」では先が出ていない(『日本の海の幽霊・妖怪』、cited in p.27)。山口県大島出身の宮本常一*3が「近所の若い船乗り」から聞き取った話によれば、股覗きつまり「逆見をして、船が海面をはなれて、少し高く走って居るのを認める時は即幽霊船である」(『周防大島民俗誌』、cited in p.28)*4。ところで幽霊を「股のぞき」で見ることは、化け物を抑止・制圧することにつながっているようだ。海ではなく山の話だが、「昭和の初め頃、長野県坂城町の小学校」に出現したお化けを巡って;


(前略)もしそれが出た場合には、股かがみをして股の間から見ろ、そうしないと、大入道がだんだん大きくなってとって食われる。股の間から見れば、大入道がどんどん小さくなって、しまいには消えてしまうといわれていた。(後略)(『長野県史 民俗編第四巻』、cited in p.29)
このテクストでは、さらに「股のぞき」をすると「未来」が見えたり(pp.30-34)、「異国」が見えたりという(pp.34-35)という効能(?)が紹介されているのだが、「股のぞき」のパワーの象徴論的根拠は「逆さまは、象徴的に日常性をひっくり返すことであって、妖怪・幽霊・あの世などの日常世界の反対側に想像された世界と通じ合う」こと(p.32)、さらに

股のぞきのしぐさの特徴は、対象に尻を向けたままで、つまり相手を無視しながら、それでいて相手の様子をうかがう姿勢である。上半身と下半身の向きが逆で、顔は下にさげて後ろを見ているが足は前を向いて立っているという、上下と前後があべこべの関係を同時に体現した形といってよい。(pp.32-33)
ということであろうか。
「股のぞき」といえば京都府の「天橋立」ということになるが、常光氏が「京都府立丹後郷土資料館」の伊藤太氏の話として書くところによれば、「いつ頃から始まったものか定かでない」が、「明治の後半から吉田皆三*5によって進められた観光化の事業の一環に組み込まれて、さかんに喧伝されたようである」(p.36)。

*1:http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20101028/1288291972

*2:或いは「股屈み」、「股眼鏡」(p.26)。

*3:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20050630 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070301/1172726884 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120412/1334193128 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120429/1335716623

*4:また『周防大島を中心としたる海の生活誌』で援用されている「平中栄吉」の話によると、「船幽霊」は「股くらかがみをして見ると、船が海の上からはなれて宙を行っているからすぐ判る」(ibid.)。

*5:Who?