リービ英雄『我的中国』

我的中国 (岩波現代文庫)

我的中国 (岩波現代文庫)

リービ英雄『我的中国』(岩波現代文庫、2011)*1を読了。


プロローグ 幻の大陸から


I ジパングから
ジパングから
洛中洛外図
路地のたき火
大陸を失って
老公路にそって


II 我的中国
帰国
山を売る人たち
我的中国


III 革命夢幻行
延安への道
革命夢幻行
This is my country
ストロング女史の写真


IV 千年紀城市
一つの省
千年紀城市
六〇年代のニュース
東京からの道
ドームの下の文字


V 客死の村
寄り道
客死の村
終りし標べの道に


VI 軍事博物館にて*2
胡同の奥で
軍事博物館にて
少数者たちの路地
西の極みへ


VII 和室の中の大陸


岩波現代文庫版あとがき

リービ英雄による中国紀行。「岩波現代文庫版あとがき」で、氏は「あの中国が、中国人ではない「我」にとって何であるのか、というもう一つのミステリーにそそのかされて、ぼくは日本語の作家としてくり返しくり返し旅に出かけたのである」と書いている(p.2444)。また、この本は(大陸ではなく)台湾における自らの「少年時代」の記憶から始まっている;

家は日本人が造った家だったという。そして家の中では、中国大陸から流れてきた人たちの、大陸のことばが聞こえたのだった。
大陸は、誰も上陸できない巨大な幻のようなところだった。なのに、そのことばだけは日常の中に満ち満ちていて、母語ではないのにあたかも母語のように家の中まで響いていた。
十一歳になって、ぼくはその家を離れた。幻の大陸から流れた大陸人たちの声は、ただきらめく断片の遠い記憶となった。
三十年が経った。大陸は、苛酷で鮮烈な現代史を経て、よその人が渡り歩けるようになった。そこにいる十三億人の声が、同時代の声として、聞こえるようになった。
幻の大陸のことばの記憶にさそわれて、ぼくは現実の、さらに厖大な大陸にひとりで踏みこんだ。(「プロローグ 幻の大陸から」、pp.1-2)
この本を読んで、最も印象深かったのは、そこに散りばめられた色々な興味深い「見聞」ではなく*3、(「プロローグ」の台湾における「大陸のことば」の記憶にも表れているように)何よりも著者の聴覚の鋭敏さである。それ以外に、印象深かったことを挙げろといえば、河南省開封におけるユダヤ人の痕跡の発見だろう*4

「第四人民医院のあたり」はちょうど南の駅までの途中、半分くらい行ったところだった。第四人民医院の裏のボイラー室には、西洋の周辺からシルクロードを経て一千年前に渡ってきたユダヤ人が造ったシナゴーグの、唯一遺跡として残っている古い井戸がある。「ヘンリーたけしレウィツキーの夏の紀行」という、ぼくが日本語で書いた小説の主人公が、日本から中国大陸の中央平原に屹立するこの古い京に渡り、やがてその遺跡を見つけるのが、小説のクライマックスの場面となっている。小説の中ではヘンリーは、西洋からシルクロードを経て渡ってきた人たちが東洋人になった場所を見つける。西洋人が東洋人になるという、近代の常識をひっくりかえす可能性について、ぼくははじめて日本に渡った青年時代から考えつづけてきた。だからそこはぼくにとってまさに大事な場所なのだ。(p.136)

久しぶりのワシントンだった。その前の年の八月には、東京からひとりで中国大陸に渡り、一千年前は世界最大の都市だったが今は廃れて七十万人の地方都市となった河南省開封にさまよっていた*5。そしてある日、その開封の、イスラム地区の近くにある第四人民医院の、その裏のボイラー室の中で、何の標識もなくただそこに残っている古代のシナゴーグの井戸に出くわした。ただ「ユダヤ人」という一民族の歴史ではない。西洋の周辺から出発した人々が数百年の放浪のあとに東洋の都へ来て、中国人になった。そのことが唯一残っている証拠をぼくは見た。そしてそのような、なった場所を、日本の中の「がいじん」が見つけることについて、日本語で小説を書こうと思い立ったのである。(pp.161-162)
ところで、『我的中国』がカヴァーする地域は所謂中原が中心だ。勿論北京も出てくるし、広州も日本に「帰国」するための通過点としては出てくる。これは著者がそもそも『万葉集』の研究家だったことと関係があるのか(Cf. 『英語で読む万葉集*6)。
英語でよむ万葉集 (岩波新書)

英語でよむ万葉集 (岩波新書)

なおこの本は、米国人による中国紀行として、Peter HesslerのOracle Bone*7と時期が一部重なる。ユーゴスラヴィアの中国大使館爆撃によって中国における反米感情が昂揚した時期。また911の前後。
Oracle Bones: A Journey Through Time in China (P.S.)

Oracle Bones: A Journey Through Time in China (P.S.)

同じ日に、千葉慶『アマテラスと天皇*8絲山秋子沖で待つ』を読了。

アマテラスと天皇: 〈政治シンボル〉の近代史 (歴史文化ライブラリー)

アマテラスと天皇: 〈政治シンボル〉の近代史 (歴史文化ライブラリー)

沖で待つ (文春文庫)

沖で待つ (文春文庫)

それから本を3冊とCDを1枚。

内田樹レヴィナスと愛の現象学』文春文庫、2011

レヴィナスと愛の現象学 (文春文庫)

レヴィナスと愛の現象学 (文春文庫)

草柳千早『〈脱・恋愛論〉 「純愛」「モテ」を超えて』平凡社新書、2011
<脱・恋愛>論―「純愛」「モテ」を超えて (平凡社新書)

<脱・恋愛>論―「純愛」「モテ」を超えて (平凡社新書)

西本紫乃『モノ言う中国人』集英社新書、2011
モノ言う中国人 (集英社新書)

モノ言う中国人 (集英社新書)

遊佐未森『淡雪』
淡雪

淡雪

*1:Mentioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120218/1329533564

*2:原文では「軍」と「館」は簡体字

*3:これは別の機会に抜書きしてみたい。

*4:開封ユダヤ人についてはhttp://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20080610/1213038463も参照されたい。

*5:それは「九月十一日の前の週」だったことが後に明らかになる(p.166)。

*6:Menioned in http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20070301/1172719278

*7:See http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120119/1326997630

*8:See also http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120105/1325699361 http://d.hatena.ne.jp/sumita-m/20120109/1326074496